一人ひとりと話をする

学級が荒れ始めた先生からアドバイスを求められた時、ぼくは必ず、一人一人と面談してくださいと言います。(荒れ始めについては、それ自体に気がつかない先生もいるのですが、それはまたの機会に)

ぼく自身が崩壊や子どもからの信頼を失う経験をたくさんしてきてたどり着いた、今のところのシンプルな答えなのです。これ以外に思いつきません。ぼくは自分のいろんな本に書いてきましたし、今もほぼそれ自体を生業としているように、とにかく難しいと感じたら話をすることにしています。最初からそうだったわけではなく、保護者に厳しいお叱りを受けたり、子どもにそっぽを向かれたり、いろんな経験を通してたどり着いたのです。

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40代の後半からは、受け持ったクラスの生徒とひたすら面談をしていました。最後の学級は二年間で15回前後面談をしました。41名いましたからほぼ休みなしです。

中学校は部活動もありますから、部活動の先生にお願いをして生徒と面談する時間を確保させていただきます。嫌な顔をされる時もあります、当たり前です、大きな大会とか近づけば、少しでも長く練習したいですもの。

ぼくは「はすっぱな」教師で、色々取り組んでは失敗します。そんなぼくでも教室が壊れず進んでいったのは、丁寧に一人ひとりと話し続けたからです。

ここまで書くと、子どもの理解が深まったからですよね、と言われます。

違います。一人ひとりのわからなさが深まったからです。

そこにあるのは、大げさに言えば、畏怖と畏敬なのです。人の思いとは行動とは深淵であり、ちっぽけな科学技術だのたかだか何十年かの経験だの、大したことはわかっちゃいない脳科学だの、そんなものでなどわかるわけがない深淵なものなんだな、ということに、一人ひとりと、互いに「突き合う」ことでわからなさがわかるのです。

子どもは理解できないもの、だから、一人ひとりと少しでも長く向き合う、そういうことでした。下記の本にその辺りは丁寧に書きました。

THE こども理解 (「THE 教師力」シリーズ)

THE こども理解 (「THE 教師力」シリーズ)

 

それで、荒れ始めの先生に面談をしなさいと話すのですが、僕の経験では10人のうち一人も、それをやりません。理由は忙しさ、時間の確保の難しさ、他の先生への頼みにくさ、などなのです。ぼくに言わせれば、そこまでのめんどくささを負いたくないということです。ぼくはそういうことにたくさん突き当たってきたので、働き方改革とかにも、十分に懐疑的でもあります。働き方が変わったところで、本当に先生方が子ども一人ひとりと向き合うことを当たり前にするとは思えません。

技のない人、システムを動かせない人は、一人ひとりと繋がるという、教育の一丁目一番地で勝負するしかありません。

4月に担任を持ち、子どもたち一人ひとりとオフィシャルに話をする機会は一度もなく夏休みを迎えるという「異常さ」をどのくらい先生方は認識しているのだろう、と思います。それは面談週間がないとか、面談の時間も取れないほど忙しいとか、そういう話にすり替えて欲しくない。いわば教師としての矜持、であると思っています。