順不同で。思いつくまま。
12月23日。盛本学史さんから絵が届く。
毎年ほぼおまかせで一枚送っていただいている。今年は、クロツグミだった。彼は、美しい声で鳴く。なぜだろう、今年は、今まで以上に、この絵が、身に染みてうれしかった。
11月18日。父が高齢者サービス住宅に入った。
昨年末から急激に体調が悪くなってしまった父の家と、海のこちら側とを頻繁に往復し、秋の終わりに、父は無事に入居になった。否応なく、自分自身の老いの問題とも向き合うことになった。昔飼っていた猫のムーは、ぼくのお腹の上で寝ていて不意に起き上がり、どこにそんな力が眠っていたのかというような猛速で玄関から外へと走り出して行った。多分ぼくは、ムーのように、全てをブッチぎって、誰にも知られずに居なくなりたい。
2月14日ー15日。浜離宮朝日ホール。ミクローシュ・ペレーニ、ベートーヴェンのチェロソナタ全曲演奏。(pf イムレ・ローマン)
ペレーニのチェロは、豊かにうたう。豊かにうたうかと思えば、まるでつぶやきのようでもあり、朴訥な人、大きな大きな樹を見上げているような気持ちにもなる。二夜も聴けるなんて、なんとありがたいことだろう。
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7月12日。Bump of chicken。西武ドーム。
かつて、十勝に住んでいた頃、親しくしていた方が、帯広のライブハウス(MEGA STONE)のチケットを取ってくださった。でも、ぼくは結局、そこには行かなかった。西武ドームのうーんと上の端っこの方で見る(聴く)バンプ 。ぼくにはこのくらいの遥か手の届かない場所で聴く彼らが、自分に合っているなあと思えた。手の届かないものに、手を伸ばしてはいけない。
5月13日。六本木クロッシング2019「つないでみる」。森美術館。
会期も後半。滑り込みで見たクロッシングでは、キュレーターのキュレーションの力に感心した。編集する力が足りないんだな、自分には。
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11月9日。拝郷メイコ「FLAG SHIP」。渋谷TSUTAYA O-crest.
歌い続ける拝郷メイコのワンマン。会場はお姉さま3割、おじさん5割、その他2割。拝郷はうまい。そして、言葉がクリアに心に届く。彼女の苦戦の理由は、結局、雪ミク以降のおじさんオタクの支えと、歌っている世界のミスマッチなんだよな、と思う。無論それは彼女が悪いわけではない、ありったけの才能がある人がひしめいて、その中で運と時代とをつかまえた人だけが、メジャーになっていく。そういう厳しい世界なのだなと思う。
10月31日。スティーヴン・オズボーンpf。武蔵野市民文化会館小ホール。
ぼくにとって未知のピアニスト。メシアンの幼子イエスの全曲演奏。圧巻の名演。いつか北海道江別のえぽあホールでラローチャを聴いた時に会場中が立ち上がる姿を見たが、それ以来久々のスタンディングオベーションであった。もちろん、ぼくも立ち上がる。
大石の写真はまっすぐだなと思う。記憶は人の中にある。その人をまっすぐ撮っていく。ざわざわした世相の中で、今、大石の仕事に出会い直し、見直し・・・そのことの意義を噛みしめる。
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8月2日。ハワード・ジョーンズ。ビルボードライブ東京。
歌声も健在。New Songが聴けて、嬉しかった、とても。
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6月22日。安藤裕子(zepp OSAKA)、11月28日。小谷美紗子(duo MUSIC EXCHANGE)。
安藤は体調不良でのキャンセル。小谷も声が出ず、ステージを途中であきらめる。そういうことだったのか、と思う。そういうこと。さようならは左様なら。そういうことであるならば、そういうことで、と。
7月24日。学校とゆるやかに伴走するということ、発刊。
本当に久しぶりの本。地味な小さな本。見つけてくれるのを、じいっと待っている本。
ひたすら全国を歩く一年だった。
見たもの聴いたものの記憶も乏しい。闇の中をトボトボ進む気配の一年。ぼくは、ぼく自身の感情を拾ってくれる人が欲しいと、そういうことも、切実に思い続けた一年だった。まあ、それは、ないものねだりだ。わかっている。