最近読んだ本から その37

平成12、3年頃、実家に出戻っていた時期のこと。

仕事が終わって実家に戻ると、客がいた。どこかで見たことがあるような品の良い女性と、そのお付き風情の人の二人。伊藤忠財団が東京子ども図書館と共同で行っていた全国の文庫活動の大規模調査の一環の聞き取り調査だった。客は松岡享子さんだった。

母が、ぼくが小学校4年生の時にスタートしたおそらくは北海道で初めての家庭文庫「どらねこ文庫」を取材に来ていたのだ。

人前でほとんど涙を見せたことのなかった母が、松岡享子さんと話しながら涙を流したのは静かに衝撃的だった。松岡さんはそのように日本の各地で小さなともしびを灯し続けた女性たちの言葉と涙を一身に受けてきたのだろうと思う。

その結果は研究ベース以外では目にすることはないものだろうと思っていたのだが、3年ほど前にまさに静かにまとめられたものが出版され、ぼくもすぐに買い求めてパラパラと見ていた。ずうっと丁寧に読めていなかったのだが、実際読んでみると圧巻だった。それは日本の文庫運動・読書会活動のはじめてのまとまった通史的研究である。文庫活動と読書会活動、そして図書館づくり運動における草の根的広がりは、例えばティール組織などというようなどこか経済成功モデル的な(胡散臭い)組織論とは全然違うのだ。なんとなくでも維持を前提とする組織は、結局自己目的化する。でも文庫活動・読書会活動は、そもそも子育てなどの切実さの中から生まれた小さな点である。結果としての緩やかな連絡会組織体である。土着的かつ、地に足のついた泥臭いものなのだ。また、そもそも最初から「本当は自分たちの仕事などない方がいい」「私たちがやらなくても良くなる社会ならいいのに」という願いからスタートしてきた運動であり組織なのだ(ぼくのばん走も、ばん走しなくてもよくなることがゴールだ。色々自分の立っている場所の意味にも気付かされる)。

結果生まれたものは、当初理屈を立てた男性運動家たちの想定を遥かに越えた多くの女性による逞しいとも言える運動の歴史だ。この本を読んで改めて気付かされた。

ぼくの家が、母が、その通史の一部を間違いなく担っていることが誇らしい。この本は、文庫・読書会活動という運動史を丁寧に辿ることで、それが運動がしっかりと結実していく過程を示すことのできたこの国において数少ない成功事例の報告でもあることも示しているのだから。だから、この本は、ぼくの家族に起こってきたことへのケアでもあり、さまざまな地域で運動をすすめた女性たちへのケアにもなるものだろうと思う。感動してしまった。

「のぞく」という行為の背徳感。公に「のぞく」ことが許されているのは子ども時代だけだと思う。