昨日娘(うららさん)からの緊急の電話を聴きながら(ぼくは電話が嫌いなので家族とさえほぼしない)娘をめぐる学校の対応には、やはり親としてそろそろ言わねばならないかなと思った。
部活をめぐる問題へのぼくの立場は、在職時代から一貫して、「示しがつかないとか」「他と横並びで」とか、そういう問題ではなくパーソナルな問題で完結することだと思っている。続けるなら続ける、辞めるなら辞める、個人が決める権利を有するものだ。それに伴って、周囲との関係が難しくなるとか、そういうことが起こるのなら、申し訳ないがそれは子どもが責任を負う問題ではなく、教職員がそうした古い価値観を払拭するべく指導を重ねるべきことだろう。まして子どもの発言は大人の都合の良いように(あなたのことを思ってとか言って)歪めるべきではない。この件はかつてクラスの子を巡って同僚にもずいぶんガチで言ってきたことだ。
宿題についても、委員会や局の要請や圧力によって学校が疲弊していることは気の毒だが、だからと言って、一律学力養成などというものを名目に個々の子どもに同じような内容を課すべきではないことは当たり前だ。何しろ「個別最適化」を文部科学省も推奨する時代である。
ぼくはそれなりに有名な教員でもあり、これまで学校への要望などは言い始めれば学校が気の毒なので自制してきたが、勉強も人間関係もゆっくりゆっくり学ぶ娘のことを温かく見守って励ましてもらえない状況が続くようなら、娘のために話せねばなるまいと思い始めている。
