教師教育を考える会メールマガジン 2018年1月30日 第61号

江口彰さんに書いていただきました。
2018年1月30日。
61号。
 
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メールマガジン「教師教育を考える会」61号
           2018年1月30日発行
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「カタリバ」の活動紹介とその可能性
             特定非営利活動法人いきたす
                      江口 彰
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 61号。江口彰さん(NPO法人 いきたす代表理事)。「僻地の機会格差先端地域」である北海道で、カタリ場を高校や中学で創り続ける方。刺激的な論考です。(石川 晋)
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 「カタリ場」とは、今村久美さんらが学生時代に考案した対話型の出前授業です。主に大学生たちが高校に出向き“内発的動機付け”を喚起するのが目的で、認定NPO法人カタリバと全国の連携パートナーが4箇所、北は北海道から南は九州(かつては沖縄)まで各地で繰り広げられ、全国で年間4万人以上の高校生たちに展開しています。私は北海道エリアを任されている連携パートナーとして、今年度(7年目)年間4,000人以上の道内の高校生たちに届け、一部中学でも実施しており、石川先生の前職校でも開催しています。ちなみに「カタリ場」は授業のことを指し、「カタリバ」は活動そのものを指すように定義付けています。
 今度の新しい学習指導要領には「主体的で対話的な深い学び」といった言葉が発表されました。これは「カタリバ」の現象とイメージがクロスします。今村久美さんは、慶大時代に鈴木寛氏のゼミ生として影響を受け、さらに中教審の部会メンバーとして今回の指導要領改訂に深く関与してきましたので、カタリバからのインスピレーションも多少あったと思われます。
 なぜ、一部の学生たちの動きだった現象がこれほど全国に広まるまで魅力があり効果があると思われているのか。この7年「カタリ場」の授業にどっぷり浸かり、久美さんからも「ミスターカタリ場」と言われるようになってきましたので、僭越ながら少しご紹介したいと思います。
1、「カタリ場」の構造
 「カタリ場」は総合時間を2時間使い主に体育館で、生徒の
入場から退場まで全て学生たちで行います。ポップな音楽を流し即興で生徒4~6名程度のグループを作り、一人の学生がファシリテーター役になって、自己紹介など駆使してアイスブレイクから始まります。その後グループを一旦解散させ、体育館に数名配置したストーリーを話す学生たちに送り出し、15分間程度物語を聞いて元のグループに戻り、そしてまた15分ほどグループワークの後に、もう一人別の先輩の話を聞きに行き、また戻ってきてワークを再開します。2人の物語を聞いたあと、自分のこれからと向き合いながら最後に「約束カード」が配られ、そこで先輩と一つの約束をして授業が終わります。
 この授業は、選ばれた学生の「企画チーム」PM(プロジェクトマネジャー)1人、コアスタッフ2名の合計3名程度で準備をします。準備期間は概ね3ヶ月で、チームビルディングやガイダンスを受け、対象生徒のアンケート調査や学校を訪問しヒアリングや下見をします。実施規模に応じて学生の仲間を招集し、研修会に招いて対象生徒像を伝え、そして本番は進行役や進行補助要員として動き、実施後には事後アンケートをとって報告書を書き上げ提出するといった作業を行います。準備や「カタリ場」の細かな動きは地域によって独自に工夫していますので、多少違いがありますが概ね同じような動きをします。
2、なぜ動機付けられるのか。
 生徒たちの内発的動機を引き出す秘訣は「先輩の話(サンプリング)」が呼び水になります。最初のグループワークで「先輩紹介シート」が配られ、話を聞きにいく先輩選びを仲間や学生ファシリテーターと対話しながら決めます。そして最初はなんとなく決めていた生徒たちが引き込まれるようにして先輩の話を食い入る姿があちこちで見られる状態になります。
 サンプリングの開発は、準備過程で最も過酷で時間をかけています。組織内の内部審査に通らないとデビューできません。企画チームとは別途で準備して、企画日に合わせるわけではなく、日々コンスタントに開発し続けており、なかには途中断念して挫折する人、半年以上も悩み葛藤する人もいます。この赤裸々に語る内容は日常の些細な話から壮大な話、そこまで話すのかといったものまであります。人には言いたくないことまで包み隠さず話すという行為は、身近なカッコ良い先輩に見え、年齢差がそれほどないという身近さが、共感性が高く、効果をよりアップさせます。
 サンプリングを聞いて戻ってきてからのグループワークは状況が一変します。もちろん中には内容の相性がいまいちの状態で変化が生まれない子もいます。しかし熱心さが伝わると、2回目の選び方は少し真剣な趣に変化してくれます。この心理的変化はナラティブセラピーに通じていると考えられます。
 そしてグループワークの学生たちは、どの生徒にどのストーリーをぶつけるべきか、そのコーディネートと、話を聞いて戻ってきてから感想を促し生徒一人一人の状況に照らし合わせて引き出していく、そのコミュニケーションの手法が大きな決め手になります。いきなり「実は自分…」とぽろっと声を発する生徒もでてきます。親にも友達にも先生にも話をしたことがないことを、言い始めたりします。このような行為が随所で起こり始めるのが「カタリ場」なのです。そしてそれを聞いて一緒に悩み考え、アドバイスすることもありますし、ただじっくり聴くだけのこともあります。まさに「主体的で対話的な深い学び」の時間がカタリ場のなかで行われているのです。
3、「カタリバ」の効果
 「カタリ場」の受講生たちにとっての効用は上記に述べました。他方で「カタリバ」は、学生たちの方がより学びが深く大きなものだと言えます。教えられるよりも教える側の方に学びが大きいとよく聞きますが、それはカタリバも同じです。
 「カタリ場」ができるためには、研修会(シミュレーション)を設けて準備をします。北海道では初参加する学生には9時間研修を経ないと参加できない仕組みで、これらは各地域で実施しており、特に北海道は独自の研修会を作っています。「カタリ場」を担う学生たちをキャストと言いますが、キャストの学びは大分大学などでは大学の授業になっており、スターバックスでは社員研修の一環として学生とともにキャストを担うことまで広く活用されました。
 グループワークを担うキャストは、進行手法などファシリ
テーションや聴く力、質問する力、人間関係構築など、コミュニケーション能力でも基礎的なことを多く身に付ける必要があります。なかには人見知りが解消された、人と話をする必要性を感じなかったけど価値観が変わりましたという学生までいます。さらにサンプリングを担う人にステップアップすると学びはもっと深く、自己内省からの気づきや人前で話す態度、プレゼンテーションスキルなど、キャスト以上に得られるものが増えてきます。企業の人事の人が見るとびっくりされることも起こっていますし、うちで採用したいといってくる企業人もいます。就活面接でもサンプリングを披露して内定を取得している人もいます。
 そしてPMやコアスタッフになると企画立案からリーダーシップ、アンケート集計からの統計やエクセル・パワーポイントなど仕事スキルの一部が身につくようになっています。これらの経験で初めてエクセル使えるようになったこと、メーリングリストでのやりとり、チーム内外との情報共有の大切さ、自己のタイムマネジメントなど学びを多く得られています。できないことができるようになる実感や達成感も多くあります。もう少し付け加えると、この企画チームを支えるサポート的な支援チームや面倒を見てマネジメントする上級職も存在しますのでそこまでになると新社会人の領域を超えたレベルで経験的な学習もでき、一部は有償ボランティアなどの仕組みを構築しています。さらに他の地域でのカタリ場参加や、合宿、全国サミットなど学びのステージは多岐に設計しています。これらの学生の学びについて、例えば教員の教育実習をやり終えた学生たちからは、気持ちに少し余裕を持って取り組めて応用が利いたという話をよく聞きます。カタリバ未経験学生との差は大きかったようです。
 もう一方で見学している大人側への効果も期待できると考えています。「主体的で対話的な深い学び」ということをほとんど経験しないで教員や社会人になられた人も多いでしょうし、 これから新しい学習指導要領の方針を模索していくためにも、カタリバを通じてエッセンスを考えてみるのも良いと思います。カタリ場を見学する先生も様々で、ワークショップ等の観察眼にも差があります。学生たちからのフィードバックを得ようとするかしないかといった態度、カタリ場実施後に学生たちと対話ができる環境をセッティングしたとしても、学生キャストから先生や大人たちが上手に引き出すことができるかというと、少し難しさを感じることがあります。ですから、先生へカタリ場の効果を口頭で伝えても納得感の温度差は様々です。教育効果を数値化するのが難しいと理解している先生であれば共感してくれそうなものですが、そうでもない状況に出会うことも多くあります。
 〔生徒 ←→ 学生 ←→ 担任団 ←→ 管理職〕このコミュ
ニケーションを「主体的で対話的な深い学び」へと誘う必要を感じていますので、カタリバからの何かしらのエッセンスが学校内に浸透すれば、日常の〔生徒 ←→ 担任団 ←→ 管理職〕この図式がもっと充実されるのではないでしょうか。カタリバを活用した教員研修の考案や、教員採用システムに組み込むことなど、可能性がかなりあると感じています。
4、カタリバの課題点
 カタリバの活動にはいくつか問題や課題があります。まずはたった2時間の時間だけですので、動機付けても長続きする可能性は低いということです。火をつけてツイッチを入れるのは得意ですが、それはすぐにしぼみ消える可能性もあります。そのために特に担任団にカタリバの特徴をよく掴んでもらって活用できるようになってもらうために、さらなる理解を促進させる仕組みづくりが必要です。
 そのため開始前後などもっと教員側との対話作りを考えなければなりません。主体性がなく業者に丸投げ的な先生も多くいるでしょうし、他の業務で多忙という先生も多いでしょう。深まるにはまだまだ時間や根気よく対話し続けないとなりません。そうこうしているうちに担当の先生が変わり実施継続を断念する連絡を受けることもたくさん経験しました。
 さらに近年は学生の力が相対的に弱まっている実感が強く、カタリバの質の確保が難解になっています。しかし対象生徒も相対的に幼いと担任からコメントいただくことが多くなり、その意味では適度な年齢差が担保されているため、質が下がっても受講生との差は変わらないですから、カタリ場の質はもしかしますと問題がなく、見ている大人側の物足りなさだけが映っているかもしれません。
 もう一つは実施予算の確保です。学生たちの動きはボラン
ティアですが、カタリバの活動基盤整備、学生たちの募集広報や研修等の実施、学校の先生などとの渉外の仕事はボランティアではなく、プロが担うべき部分がたくさんあります。そこに関するコストは、なんとか確保しないとなりません。さらに旅費が重くのしかかり、遠隔地の学校や自治体に通う必要があります。これらは、学校から捻出だけでなく、PTA、自治体の高校支援予算、様々な工夫を行っています。
 このような課題は、学校が地域に開かれた学びの環境を作る上の基盤として必須なことであり、カタリバに限らず学校外の教材や活動との有機的な関わりを作る上では避けて通れないものだと考えています。無料で質の良い持続可能なものはほぼ存在しないでしょうし、利活用するのにも高度なスキルを求められるものもあります。担当の人事異動で継続がストップするという話はよく聞く話ですが、質の高いカリキュラムや行事を導入しても試行錯誤することが確保できないのであれば、一過性のイベントに収まってしまうケースが多発します。さらに高度な効果検証を求められるとなると、それはカリキュラムの価格高騰を招くことにもなりますので、「主体的に対話的な深い学び」をカリキュラム提供者側と教職員と一体となって協働し考えることでの効果検証といった手法も必要でしょう。それこそ教員研修や養成段階として位置付けてもいいものだと考えられます。そしてこれらと教員の多忙化を乗り越える別の課題がありますので、そうそう簡単にはことが運べないという実感を持っています。
5、これからの動き
 北海道では現在「カタリ場」の授業を学校に届ける事業のみですが、本家や他の連携パートナーは幾つかの事業を実施しています。ですから北海道がこの数年「カタリ場」だけに集中し、授業の試行錯誤を最も色濃く進めてきました。本家はもともと「カタリ場」の授業実施のみでしたが、3.11の震災を機に震災孤児のための学びの場を創設しました。そして、文京区や足立区にもサードスペースを作り、島根県雲南市では高校魅力化の事業まで展開を広げています。
 これらは先ほど示した2時間だけの一過性の動機付けを乗り
越え、日常的な学習環境作りを担いはじめ、どこの場づくりでも内発性を高める対話を重視した環境構築を手がけています。この動きは隠岐島前高校の高校魅力化の動きとの相性の良さから、地域・魅力化プラットフォームといった新たな動きも生まれはじめています。
 これらの活動を通じて感じることは「機会格差」が一つテーマになっています。動機付けの大きな背景は環境要因にあり、生まれ育ったところが違うだけで大きな格差がある現状を乗り越えるため、何ができるのでしょうか。その問いへの活動なのだと実感を深めています。北海道は僻地の機会格差先端地域ですから、首都圏カタリバが先駆的な仕掛けを試みていることを参考にし、今後も歩みを進めていきたいと考えています。そしてカタリバで頑張ってきた学生たちが社会で活躍する流れが、最も大きな意味を見出してくれるだろうと思っています。
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 昨年の初夏、私は江口さんとNPOメンバーと共に、隠岐島前を視察しました。この一年間でも最も刺激的な出来事の一つでした。また、多様な方との出会いや関わりを、「場」の真ん中に据えることの可能性を、改めて感じ、自分の持つネットワークを生かした学びを強みと捉えなおして、以後の学校支援や、このメールマガジンの活動に生かす大きな契機になりました。
 江口さんの下にはたくさんの道内の学生が集まってきます。私も北海道の中学校教員時代からその活動に少しですが触れ、学生たちの成長を目の当たりに見る機会をいただいてきました。彼らのうちの幾人かは学校の教師を目指していきます。そういうことで言えば、学部学生が教師になるプロセスの中で、カタリ場(的なもの)での経験がどう働いていくのだろうという視点からも実に興味深い論考と感じつつ読ませていただきました。
 次回、2月2日金曜日は、中島範隆さん(山梨県甲斐市立双葉中学校教諭)。社会科教師として教室と教科の関わりを試行錯誤し続ける少壮の教師。また学生時代からの学びの場を手放さず続け、ユニークな学びの場を創る存在でもあります。
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メールマガジン「教師教育を考える会」
61号(読者数2614)2018年1月30日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
まぐまぐ:教師教育を考える会)
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