授業づくりネットワーク最新号「小規模化する学校と授業・クラスづくり」号刊行です

 54号はなんと、「小規模化する学校と授業・クラスづくり」です。

 え、自分には全然関係ないと思う方もいらっしゃるかと思いますが、全くそんなことはありません。少子化、小規模化が、学校・授業やクラスに差している陰は深刻だと感じています。読んでいただければ、必ずわかるはずです。

 今号は、ぼくが6ページの巻頭言を書きました。「少人数化・小規模化は、授業・クラスづくりに何をもたらすのかです。

 その一部を下記に先出します。

 

合唱コンクールで負けると、以前よりも傷つきが深くなりました。先生も子どもも、負けると落胆が大きく、それは以前の比ではなくなったように思います、何しろ学年が小さくなり、学級数が減少しましたから。かつては5クラス6クラスが普通だった中学校は田舎では普通に2クラス3クラスになっています。そんな中で行われる合唱コンクールですからガチンコ勝負なのです。6クラスの頃なら5位でいいよなあと思ったりしていた、そういう合唱指導の苦手な先生も子どもたちも何となくやり過ごせる感じでは無くなってしまいました。学校はどんどん規模が小さくなっているのですが、こうした行事を変えていく速さは全然その速度に追いついていません。
今年も4月中旬から日本全国の学校ばん走がスタートしています。4月には10箇所ほど小中高に入りました。このうち、関西や北海道の学校の半分弱くらいは20人前後から数人の教室規模でした。

 

そもそも書籍や雑誌もネット上も、あふれるほどの授業実践や教室づくりのためのアイデアに満ちています、しかし、それらのほぼ全ては、40人、35人の授業・クラスを想定したものです。学校数では都心の学校と肩を並べるほどの数がある小規模校なのに、そこで役立つ情報は極めて限られています。踏み込んで言えば、学力調査の問題や学習指導要領などの指針も、適正規模を下回る学校の実態を十分に踏まえたものになっているかというと、幾つも疑問が湧いてくる状況です。

ある学校では、支援の必要な児童の取り出し学習(外国語活動でしたが)の場面で、たった一人の児童との授業なのに、先生は黒板の前に立ち、児童は座っていました。先生はたった一人の児童に一斉指導と変わらぬスタイルで「発問」し「指示」します。子どもが答え、教師は板書します。真剣に行われているのですが、冷静に見るとなんとも滑稽です。

 

 

2026年度のばん走状況(2026年9月9日現在)

ほとんど空きがない状況で、ご希望にはほぼ添えません。赤字のところは可能性があるところです。

次年度の募集は12月くらいから、まず今年繋がりのある学校・教室・団体から先にご希望をお伺いし、その後、新規の方の希望を、おそらく1月末あたりから取ります。

 




 

すぽんじのこころでつぶやく 2026年8月下旬

1 高市さんは一貫しているんだと思う。今度の終戦での「繰り返さ(せ)ない」発言は、彼女にしては珍しく主張を文法的に正しく表現している。だが歴史的には間違っている。

 

2 急速に分布域を増やしている北海道のカマキリには、ハリガネムシはいるのだろうか。

 

3 それにしても後期のチェッカーズのなんと素晴らしいこと。歌謡とロカビリーとそれを支える演奏技術とが一体化した宝石のような時間だ。

 

4 映像の世紀。バタフライエフェクト。第二次世界大戦。第4回。すごい一時間だった。8/14のポツダム宣言受諾以降も、戦闘は続くわけで、そうしたものをどう扱うかといった様々に難しい問題はある。沖縄も小笠原も北方領土も複雑な民族的課題を抱えているが、とは言え、この一時間で表現するには難しかっただろう。ひたすら画面に溢れ続ける死体と破壊に、制作者側の気概を十分に感じた。みじろぎもせず見た。

 

5 朝から橋本の新作。ぼくにはソロ以降の彼女のアルバムがいささかぬるすぎる。でも昨夜のバタフライエフェクトの反動か。ちゃんと平和で対になる、そういう音があって嬉しい。それでも、時々ドキッとする言葉がちゃんとあるんだ。「誰かを愛したなら/その人を解放しなさい/黒いTシャツが語りながら/ゆれる」(ゆれる)とか。

 

6 今日も呑まれました。みんなありがとう。

 

7 頑張ったなあ。いい人場所時間だった。明日はまた朝から準備してしっかり話してこよう。

 

8 和歌山の南部は本当に美しいところだなあといつも思う。

 

9 先生が書籍を発刊するということには、かつてはどうしようもない照れみたいなものが貼り付いていたように思う。どんな教室だって授業だってうまいことばかりなわけなどなく、おめおめと書いちまったとか、恥ずかしながらつい自制心が足りず書いてしまいました、というような羞恥がその行為全般をなんとなく覆っていた。児童、保護者、同僚にせめて後ろ指刺されないようなものは書かないと恥ずかしい。せめて「まあ恥ずかしくないよ」と言ってもらえる実践じゃないと。。。みたいなことは当たり前の前提でもあった。まえがきやあとがきにもそういう自分の恥ずかしさとだらしなさをにじませたものがたくさんあった。ゼロ年代以降に登場してきた教育書ライターからはそうした雰囲気は急速に失われていったように思う。何しろコンプライアンスの言葉の下、教育書には子どもや教室のことが具体的には書きにくくなり、やがてそれが前提になって子どもや教室の具体を記録するための努力や工夫を教育書ライターの多くはそもそもしなくなってしまった。こうなると多くの書き手の様子からは恥ずかしさやみっともないに通じる感覚・気配はどんどん感じられなくなった。Amazonに良いレビューを書いてくださいとか本の宣伝したいので雑誌でインタビューしてくださいとか、普通にそういうことを言う人も出てきた。終いには素人に毛が生えたレベルの自分の考えの啓蒙本を全国の学校に配り始める人とかも出てきた。かつて「司馬遷は生き恥さらした男であった」と武田泰淳はおめおめと生き残っている自分を重ねながら書いた。今青春にせよ人生にせよ、それが生き恥さらす行為の連綿であると感じる一瞬でも、一体どのくらいの教師が持っているのだろうか、とふと思う。

 

10 悲歌のシンフォニー。ウルバンスキ&ワルシャワフィル。そしてなんと読むのかわからないが、恐ろしくノーブルでかなしい声のソプラノ。

 

11 それにしても教師が子どもの伴走者になるという表現だけは個人的には全く許容できない。そもそも法的に非対称な関係において比喩として使っているのはわかるが、本気でそう言っちゃうのはやっぱりまずいと思う。

 

12 今日は、ここ。虎ノ門。

 

13 マルタン。二重合唱のためのミサ曲。廃人みたいになって聴いている。孤独との向き合い方は、誰よりもよくわかっている一人だ、ぼくは。

 

14 コロナ下でアートは一時壊滅した。集客も過激な感染対策も赤字にしか繋がらない中で表現活動に打って出たアーティストたちのことは忘れられない。今や伝説のレベルであるGmn5の「ただやるだけ」はいろんなところで話してきた。もう一つ川崎で見た大原櫻子のステージがすごかった。キャリアの上でもまた今この年齢しかないはち切れんばかりの表現欲求も、もう逃してはいけないタイミングなのだ。そういう切実さと客を楽しませようとする気概に体幹から揺さぶられる時間だった。ぼくは彼女のちょっと色々とアイドルでいる感じとズレて持て余している感じが大好きである。

 

15 3年ぶり。 cornelius.Refractions.

 

16 朝からホルストシュタインとN響のワーグナーとは、またなんと濃密な。

 

17 本日午前。一宮学園。

 

18 本日午後は、たまあーと。

 

19 この数日、珍しく飲み会が続き、ボロボロになりつつある。いすみの仕事を終えて、名古屋へ向かう。

 

20 とてもつかれた。

 

21 伊勢市へ。今日は猛暑日になるらしい。中部から新潟へ。初めてのトキエア。うーむ。40席のところ12人くらいの乗客。なかなか厳しいな。大雨の予想は外れ、新潟は蒸し暑い。

 

22 今朝もまだ雨は降らず。上越高田へ。特急しらゆき。

 

23 沖縄知事選挙は、下地さんが立候補を取りやめたんだな。しかも明らかな中央(自民党執行部)からの取引に応じたのだ、と。他県のことではあるけれど、これがたとえば北海道でも同じようなことがあったとしたら、とてもとても道民としては、歴史的な背景を持つ地域である以上、屈辱的な事態だと、ぼくなどは感じる。だが、もう沖縄においても、すでにそんなふうには感じない世代が増えているのだろうか。

 

24 長い長い旅だった。受け止めきれないほど濃密な時間だった。帰ってきた。明日の午後の準備をしなくてはいけないが、それでも、とにかく明日の午前中は時間がある。

 

25 ありがとうございました。本当にありがとうございました。芸術家の草間彌生さん死去。

 

26 藤野由佳さんのアコーディオンを聴きながら。

 

27 今日は新渡戸文化小学校の夏季研修。駒沢大学駅近く会議室だった。とにかく夕方の飛行機が定時で飛ばなくなってどのくらいになるだろう。結局今夜のオンラインもリスケ依頼をする。

 

28 すごい雷だ。。。

今日は枝幸町。小学校。子どもたちの成長が素晴らしく、先生方も実に良い時間を過ごしている、そういう学校だった。20度に届かないくらいの最高気温だったが、一日温かい場所で過ごした。

 

29 2,3日前から酷いので、投入して寝る。なんか色々思っているようには行かないが、時間は流れていく。今朝も3名の方とお話しする。

 

30 ずうっと音楽を探している。

 

31 音楽を、もっと、音楽を。

 

32 白けたことを言えば、権力というのは、よほどのことがない限り、そのものずばりハラスメントなんだと思う。自治体の主張からNPOの代表まで、本当に心していなければ、存在そのものがハラスメントであることから逃げられない。自戒を込めて。

 

33 かつて僕にとって、圧倒的に先を歩いていたディベーター達の結構な数が、陰謀論者になってしまっているのか。休日なんていらないね、SNSで悲しい現実を目にしてしまうから。

 

34 ぼくは世界のどこにも確たる居場所がない。自分の人生は自分が機を織って作っていくものだ。ぼくに孤独はぼくが負うものである、言うまでもなく。

 

35 やっと来れたよ。

 

36 見本林には寄れないな。

 

2026年9月の講座予定(国立)

2026年9月の講座予定です。国立のみで開催します。

なんか色々うんざりしたので、今月はばん走以外は引き篭もります。

国立はホームなので、まあ、やります。テーマは見たこと作文じゃないやつにすると思います。

 

2026年9月30日(水曜日)国立18:30ー20:30

見たこと作文実践を解説する・・・coming soon

 

 

 

 

 

すぽんじのこころでつぶやく 2026年8月上旬

1 痔がひどい。出血がひどい。

 

2 あいとうの「まこと」。政治家がこの表現を頻繁に使うようになったのいつからだろう。

 

3 消費税1%一律減税とか、何が、そもそもの発想としていただけないかというと、みんな一斉、ってところですよね。これって学校も同じ、要するにみんなに薄く悪平等という政策なんだよな。

 

4 リヤウシ。

 

5 今の学校は隣の先生を助けられなかった記憶に満ちている。

 

6 感動はほとんどが一瞬の場所にある。学校的感動(ということばが適切かどうかはわからないが)も一瞬に存する。本来書き記すこともできない。かつて、その不可能性に肉薄する営みが実践記録に挑むという行為だったものと認識している。教育出版文化は、そこから遠く遠く遥かな場所に漂着してしまった。ぼくは全てが流れていった場所に古色蒼然とした居住まいで座り続ける、いわば教育実践記録者の孤児のような存在だと認識している。

 

7 書きたいことはいっぱいあるが、書く気力も体力もない。

 

8 ビールを飲むと、明らかに調子が悪いのがわかる。今夏は基本、今日で終わりだな。

 

9 アートにたくさん触れないとなあ。ぼくは時々使うんだけれど、要するにアートに触れることで、えげつないものや深刻なものや汚いものを、ちゃんと場に差し出せる力を身に引き受けるってことだと思う。震災で、誰一人足りているわけがない場に行きながら、結局綺麗な言葉だけを並べさせる...ああ、アートに触れる時間を持てずに来た人なんだ、と思う。

 

10 ヘリコプターに搭乗し視察をする姿を勇ましさと慈悲深さを混ぜ込みながら映像化して発信する。とか、強い批判を招いているのだが、ぼくは、なるほどなあと思って見ている。つまりは、「そうした仕草」が訴求力を持って伝わる人たちに向けて発信されている。全ての人に支持されなくてもいいということなのだろう。

 

11 風呂場でらんちゅうが水を呑んでいるような気がして、見にいく。

 

12 ワークライフバランスという言葉は実に味わい深いよなあ。

 

13 今日はうららさんを起こして、黙祷した。なぜ起こされたかわかっていなかった彼女も、テレビを見ながら、黙祷はしっかりやった(と思う)。そういうことでいいはずだ。今日一番は、うららさんと黙祷できたこと。

 

14 昨日と今日で、たなざらしになっていた鼎談の原稿を構成し、まえがきを書いた。原稿用紙にして合わせて25枚くらい。それに毎週のノートも5000文字ほど書いた。新しい本の出版が見えてきた。タイトルはまだ迷っている。「学校をトボトボ歩きつづけるということ」。

 

15 今日は、ベイヌム&コンセルトヘボウのブラームスの1番を聴きながらもう飲みはじめている。この数日は自分でも驚くほど頑張っていると思う。

 

16 ぼくは、実はミクローシュ・ペレーニの解釈や演奏スタイルへのマイナルディの影響はものすごく大きかったんじゃないかなと思ってます。

 

17 ぼく、そろそろ討って出て、討死しなくちゃいけないと思ってる。

 

18 だんだん堀の連載はピンと来なくなったな。もっとゆっくり書けばいいと思う。

 

19 うちにはいろんな人がいるのに猫だけが足りない。

 

20 それにしても、人事院勧告による国家公務員へのベースアップに準じて地方公務員の給与のベースアップが概ね行われているということさえ、知らない先生がたくさんいるんだな・・・。

 

21 結局、お互いのメンツをかけた泥試合みたいになっちゃいましたね。両方とも自分の信じる「民主主義」を語っているわけですが、外から、かなりしらけながら、新機軸を打ち出す管理職と、その後それを戻すと宣言する管理職の、この数年の残念なやり取りを見てきた一人として、「あそこにはどちらにも民主主義がないんだろうな」という雑感みたいなことしか湧いてきません。ぼくは大きなものを変えようとしたりはしない。自分の半径数メートルの仕事を丁寧にやって、自分の役目を終えたいと、強く思わせてくれる一件です。学校長が全能感を持つと、醜悪だなという感想しかありません。ぼくは一応、K先生ともH先生とも書いてはいないのよ。

 

22 まあ、学校教育界隈において、勝手にアンタッチャブルな案件になっているのだな。だから、みんな積極的に双方を批判しないのだろう。持ち上げた人も群がった人も、その後の動きに溜飲を下げている人も、みんなちゃんと恥ずかしがるべきだと思う。こういうところに誰の幸せもなかったことを、肝に銘じるべきだ。

 

23 少し遅れてしまったが、長崎。黙祷する。

 

24スカイライナーに乗ったら東京に戻ってきた気がしてきた。

 

25 でも一言だけ書いておきたいが読まないでは批判できないという議論は萎縮を生むよね。批判なんかしなくたって、鼻からダメなものはある。そんなもんは話題にしないようにみんなで心がけるべきだよ。ぼくは書名も取り上げないし絶対読みもしない。新聞連載時点からそもそもの手続きからわざわざの炎上商法でムカっ腹しか立たなかった。みんな今頃騒ぐな。

 

26 これは名曲。Aooo.ポラリス。

 

27 コロナ下以降ずうっと見続けているGmn5。今回も泣きそうになくらい素晴らしかった。太田くん良かった。歌、踊り、素晴らしかった。高久さん、プロ子役素晴らしかった、彼女は見るたびメキメキ良い。松雪くんもとても良かった。澤田育子さん怒ってるんだなあと思う。

 

28 昨日の夜は、確かに、ほんの少し台風だった。

 

29 これを聴いて、安らかにしている。要するにどこから手をつけたらいいかもわからないほど疲弊して横たわっている。TO DOリストを作れないほど押しつぶされている。これぞフォーレ。表示はジェルメーヌ・ティッサン=ヴァランタンの名前しかないが、ORTF弦楽四重奏団  (フランス国立放送交響楽団の主席陣)。ジャック・デュモン(1st vn)、ルイ・ペルルミュテール(2nd vn)、マルク・シャルル(vl)、ロベール・ザール(vc)。そして連弾はなんとアンリエット・ピュイグ=ロジェ。

 

30 Jアラートはどこへ行ったの?

 

31 まっすぐな声でまっすぐな歌詞をまっすぐに歌い上げる。大原櫻子。大好きな役者、歌手。歌手という言葉が似合う数少ない若手だな。

 

32 東井義雄さんの『村を育てる学力』を再読していると、やっぱり学習指導要領で学力基準として示されるものにただただ寄り掛かって、それに目の前をはめ込んで行こうとすることで失われていく地域があり子どもがいるという当たり前のことに何度も気付かされる。基準を知ることは大切だけれど、本来どちらがより尊重されねばならないかも、ぼくの中では明白だと確信できる。ぼくはダウンアンダーならぬ「アップオーヴァー」で生まれたおかげで、今もなんとか正気でいられるんだと思う。

 

33 日本は歴史的には何度かの「鎖国」を繰り返してきた国だからな。

 

34 セイコーマートに行くと、入口にたくさんの蛾とバッタが集まっていた。甲虫は少ない。夏が終わるな。

 

35 しらけたり、冷めた目で見たり、ニヒルになったり、厭世的になったり、論評的だったり、冷笑したり、時には高踏的だったり・・・。いずれにしても、そういう態度を、本当は許してくれていない人がいるんだなと思う。あなたの権利としては十分わかってるけど、腹の底では、許してないのよ、とでも言えばいいか。あなたにはそういう態度を取って欲しくない、あるいはあなたの立場ではそういう態度を取ってはいけない、とか。そもそもとことん愚かに振る舞い続ける権利がぼくにはあると思うのだがなぁ。

 

36 昨日の夜はヤンドーのミクロコスモスをずうっと聴いていた。寝付きにくい夜だったが、どのあたりの小宇宙で眠りにつけたのかはわからない。

 

37 「示談した」とか「お金を払った」とか。社会的にどこかでけりをつけなければならないのだから、そういう方策を模索するのは当然である。だが、それでなかったことになるわけでも、被害者感情のけりがつくわけでもない。まして、心身への暴力的な事案を伴うものであれば当然である。それは民事の案件から戦争や民族対立に至るまで規模が違うだけで変わらない。本当にまずかったと思うなら、ずうっと反省するしかない。それが誠実さということではないでしょうか。

 

38 にわとりや猫を見ていると、動物にとって、水を直接摂取するということが、いかに大変かよくわかる。人間は二足歩行で手が空いたことで、革命的に水を摂取しやすい方法を編み出せたということか。

 

39 明らかに心身の調子が悪い。こういう時思い出すのは、ぼくを多分(中にははっきり)嫌いだった生徒や保護者のことだ。特に腕も圧倒的に足りていなかった頃や、自分が心の迷路の中にはまり込んでしまっていた時分の、クラスや授業のことを思い出して限りなくしんどくなる。そもそも授業もクラスも一度もみんなが幸せだったことはない。ぼくでなければ、別な人であれば、クラスや授業のあの人はもっと幸せにいられたのではないかという思いはずっとある。授業改善は惜しみなくやったが、その一番の理由が学力向上だったことはない。ルールや基準に合わせた正当性よりも、あの人が(時には自分が)幸せに過ごせるかばかり考えていた。

 

40 きたぜ。38度。

 

41 夜中に熱は38.7度まで上がって、それから朝は37.0度まで下がった。ぼくは平熱が35度台なので、まあ後少しだが、もう大体終わりかなと思う。来週の和歌山の2箇所のための資料を作ろうと思う。和歌山は好きだ。特に半島を南下すればするほど、自分の仕事の意味を胸が締め付けられるくらい実感する。

 

42 お盆。熱もあって、フラフラしながら、SNSをダラダラ見てしまう。見かけた書き込みに遠回しに文句を言う人。何をしても何をやっても何を見ても全部「勉強」になっちゃう人。いろんな人がいるんだ。それでもまだ平和なのだと思う。81回目の敗戦の夏。

 

 

2026年8月の講座予定(溝ノ口、那智勝浦、新潟、国立)

2026年8月の講座予定です。溝ノ口、那智勝浦、新潟、国立、旭川で開催します。 

2026年8月11日(火曜日・祝日)溝ノ口10:00ー12:00(4名参加、終了

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2026年8月20日(木曜日)那智勝浦10:00ー16:00(30名!終了

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2026年8月25日(火曜日)新潟19:00ー21:00(4名参加、終了

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2026年8月26日(水曜日)国立19:00ー21:00(3名参加、終了

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すぽんじのこころでつぶやく 2026年7月下旬

1 ずうっと音楽に支えられている。一学期のゴールが見えてきました。今日は、守谷市。小学校。

 

2 大江千里の最高傑作はこれだと思っています。泣きそう。Giant steps.

 

3 それにしても、21世紀に、昭和初期の戦争まっしぐらの法改正を想起されるものに、さらには摂関政治までくっついてくるとは流石に思いもしなかった。

 

4 心斎橋ー本町ー淀屋橋ー梅田ー十三。

 

5 今日は、茨木市。中学校。

 

6 よくがんばったなあ。。。

 

7 シェバノワ。ぼくはいつかの帯広で聴いたんだ。素晴らしかった。

 

8 今になって考えると、ぼくは小さな頃からやりたいこと、考えたいこと、そういうことをいつも優先順位一番でやりたい人だった。それが家族や大切な人たちと概ね難しくならなかったのは、彼らの多くがそういうぼくを概ね理解してくれたということと、ぼくがやりたいこと、考えたいことと、彼らの領分が概ねバッティングしなかったからだ。だが、バッティングしてしまうことも長じて起こるようになった。ぼくは今も、自分がやりたいこと、考えたいことを、他の何よりも優先している。それは大切なことや人のための時間や場所を蔑ろにしたいということでは全くないが、時々(いや実際はたくさんなのか)理解してもらうのが難しいことが起きる。

 

9 「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」。あまりにも素晴らしかった。連休最終日の日中。渋谷のヒカリエにこれだけの人しかいないことも口惜しかった。

 

10 そして禁断のレーピン。やはり、すごかった。20年ぶりくらいだろうか。今が芸術家としてに成熟の時なのだろう。このプログラムと言い、適切な言葉が見つけられない。

 

11 ぼくには、一つところで小さな幸せを作り上げていく、みたいな人生の形はなかなか難しかったのだろうと思う。大きく動くたびに一つ一つの場所にたくさんの人を置いてきた。が、そこで遠くからずうっとぼくの仕事をやさしく見守り続けてくれた人たちがたくさんいる。歳を取ってきて初めて気がつく。ありがたいことだ。

 

12 桑原憂太郎。『ドント・ルック・バック』。2014年。桑原さんはこの歌集で北海道新聞短歌賞を受賞した。この歌集はひらけばわかるが唯一無二。他の追随を許さない。発表から10年以上が経ったというのに、ここで彼が歌った学校の光景は、まるで昨日今日の教室・職員室のような鮮度で哀しみが募る。1on1オンライン対話のメンバーとは、次回のクローズドの読書会の課題図書になっている。日本中の教職員に本当は読んでもらいたいと思っている。くだらない教育書や働き方改革の檄文は、この歌集の前には立っていられなくなるだろうと思う。

 

13 それにしてもあっという間の支持率崩壊だったが、人気のほぼ全てを使い尽くしてイデオロギー系法案を押し通した執念はすごい。誰を向いてどこを向いてるのだ。こんな薄っぺらさを多くの国民が支持した事実はもう消せない。

 

14 今日は、綾瀬市。小学校。

 

15 今日は、和泉市。中学校。

 

16 「人文社会(人社)系のダウンサイジング」

2点言及しておきたい。

・人社は、ぼくのパソコンではすぐに変換にならない。多分「人文社会」の略なのだろうが、そもそもこういう言葉の使い方が嫌だ。そこにもう思想が表れていると思う。

・学校教員というのは、理科や数学の教員を含めて広義には人文社会に包摂されるものだ。つまりこの政策は、人を育てることを適当にしたいという政権の明確な意思表示だと受け止めている。このことを理科や数学の教員も自分ごととして受け止められていると良いのだが。

 

17 夏は死が一番匂い立つ季節である。

 

18 ラピダス誘致したら、地価が上がって住民が転出し、思うように人口が増えていないという話。実に趣深いよ。

 

19 結局大きな判断を迫られる仕事に着く人は、性格の良さと頭の良さのどちらかしか選べないなら、後者の方が必要に決まっている。国会見ているとつくづくそう思う。

 

20 まあぼくはげんだいのろっくふぇすていばるそのものにずっとかんしんがない。

 

21 映像の世紀。ちゃんと南京「事件」の実際をさりげないが確実に報道している。

 

22 熊本日日新聞。リアルタイム速報。これはすごいです。オールドメディアとか、そういう嫌な括りで新聞もテレビもディスってはいけないよね。彼らの矜持をちゃんと感じる。

 

23 気力が下がっている。明日までは力を絞り出したいんだ。

 

24 らんちゅうのことをおもいだしている。

 

25 痔がひどいんだよな。

 

26 このプラットフォームで試したり遊べたりできると思えるうちは続けてみようということです。

 

27 胆振(厚真)を中心とする地域で大地震があった時、石川さんは、ご家族は、大丈夫ですかとしきりに心配された。その後のブラックアウトで大変だったことは事実だが、無論、地震そのものの被害は道北にはない。この時につくづく災害を行政区単位で捉えてしまうことの難しさも感じた。解像度高く事態を捉え続けられる人でいたいが、ぼくもまたなんらかの枠組みをぼんやり発動してしまいがちなのだろう。

 

28 すっかり北海道も梅雨があるようになってしまった。

 

29  今日は7月最後の仕事。三笠市教育研究所の夏季研修会の講師。1時間半の講座でした。「多様性の包摂」前提のこれからの授業・教室づくり。呼んでくださったのは所長の田村和幸さん。本当に久しぶりにゆっくりお話できました。先輩、とてもお元気でしたよ!

 

30 とことん、度量が狭いというか・・・。中国の報道官からの労りの言葉に、社交辞令でもちゃんと反応すればいいと思うのだが。ひょっとするとブロックしてるんだろうか(苦笑)。「苦しい時はお互い様さえ」できない感覚は、ぼくの想像を超えている。村八分でさえ、火事と葬式は手伝うのにな。

 

31 気力が湧かない。

デジレ・エミール・アンゲルブレシュトのあまりにも荘重なフォーレを聴く。そうだ。ぼくにとっての最初のフォーレのレクイエムは、この演奏だったんだな。

 

32 遠くで、ハネナガキリギリスが鳴いているよ。

 

33 久しぶりに、ぼんやりと死にたい感じが、霧のように湧き上がってきた。

 

34 covid-19とか、こちらやあちらやの情報の取り方で、もう全然違った世界観になるんだよな、と思う。ぼくらは本当に難しい時代を生きている。

 

35 いろいろ難しいと思っていることの一つは、校務DXで「その仕事をさっさと終わらせる」ことは、一体何なのかということだ。その仕事をさっさと終わらせること自体がゲーム化(つまり自己目的化)することもあるだろう。その仕事をさっさと終わらせることで別な仕事をする時間ができるという話もあるだろう。その仕事をさっさと終わらせることでさっさと帰って、自分のしたいことができるというのもあるだろう。だが、ことの起こり自体はグダラナイ仕事がたくさん現場に降りてきて、それのせいで子どもとも十分向き合えない、豊かな授業も作れない、という話だったと記憶している。しかし、グダラナイ仕事に忙殺されるのが学校現場だという時間しか経験していない人たちは、「その仕事をさっさと終わらせる」ことができても、子どもとどう丁寧に向き合うかも、ましてやどう豊かな授業を創ればいいかも(豊かな授業を創らなきゃいけないことも)、多分わかっていないだろうと思われる。

 

 

すぽんじのこころでつぶやく 2026年7月上旬

1 足寄町。小学校。

 

2 それにしても…国会議員の削減でどれほどの歳出削減になるというのだろう。

そんなことよりやらなくちゃいけないこといっぱいあるように思うのだがなあ。

ぼくに見えていないことがあるのかな、何か。

 

3 妹とか言われたら、サッチャーなら烈火の如く怒って、席を立って帰ってくるんじゃないかと思うんだがなあ。

 

4 間違った…和寒じゃない。比布の田んぼにタンチョウがいた。

 

5 Xのトレンドに谷山浩子の”冷たい水の中を君と歩いていく”が話題にのぼっていて、衝動的に聴いている。谷山浩子の曲たちは、高校から大学受験の時期のラジオの記憶と共に、いろんな感情が湧き起こってきて、我を忘れて絶叫してしまいそうな気持ちにさせる。もっともこの曲は、その頃の音楽ではない一番は、と問われたなら、”銀河通信”と応えるだろうと思う。

 

6 今夜はたくさんの仕事を放り出して、これで寝る。ガラスの巨人。谷山浩子。

 

7 手荷物返却が遅い…なんでこんなに遅い…。

 

8 久しぶりだな。沖縄。

 

9 今日は、下関。中学校。

 

10 羽田についた。東高円寺へ移動する。今日は、小学校。

 

11 中道の皇室典範改正の対応は、まるっきりダメだな。散々嫌われてるのに、誰に嫌われるのを怖がっているのだろう。国会は空気を読む場所じゃないと思う。

 

12 よくわからない。棋士はそれでも時間内にその時の最善の手を考え続けるのだからすごいと思う。もっとも必ずどちらかは負けてしまう。

 

13 泣きそうなくらいいいな。ぼくはアイドル好きではないが、石野理子はアイドルネッサンスからずうっと声を追っている。

 

14 ぼくは長いこと林明子さんの絵が苦手だった。この数年その素晴らしさがやっとわかるようになってきた。林さんの絵本はどこで読んでも子どもたちしっとりとした雰囲気と子どもらしい表情で聴き浸る。どの作品にも力がある。やっと最近わかったのである。合掌。

 

15 文科省から教科調整時数についての15%裁量の方向が見えてきた。様々な横槍の中で文科官僚の奮闘に頭が下がる。これもちろん学校ができるのかというネガティブな議論が沸いてきそうだ。だが、好循環にせよ悪循環にせよ、車輪は誰かが回してくれるのを待っているだけでは動かない。最初に転がす現場の奮闘は不可欠なんだと思う。管理職の柔軟な背中押し、職員の知恵、そして地域の理解が、場の真ん中で重ねられるようにと思う。

 

16 いすみ市。中学校。素晴らしい授業だった。

 

17 しずお農場さん、特別精算。ショッキングだ。

 

18 猫にいてほしい。泣きたいくらい。猫を普通に飼える生活がしたい。

 

19 北海道南西沖地震の日。たくさん亡くなった。33年。

 

20 今日は、枝幸町。小学校。

 

21 今日は『こんとあき』を読み、それから『はじめてのおつかい』を紹介しました。小学校1、2年生6名に。いい時間でした。「先日亡くなられたんだよ、でもこうしてすばらしい作品をたくさん残してくれてありがたいね。たくさん読もうね」と話しました。やや不謹慎かも知れませんが、タイミングを逃さずに紹介することはとても大切です。

 

22 30年前の未明、父は近隣の家に火をつけた。気づいた近くの方がすぐに消しとめて、騒ぎが起こらないのでおかしいと思ったのだろう、父は、もう一度現場に向かって、多分つけなおそうとしたところを、職務質問の上、任意同行され、逮捕された。火付けの犯人は必ず現場に戻ってくるという、あのドラマとかでも聞き知っているそのままのことだ。30年経った。ぼくは60歳まで教員を継続的に続けることはできなかった、ともあれ、火をつけることもなかった。

 

23 今朝は、ビリー・ジョエルを聴きながら、軽井沢の混在校へ。

 

24 ああ、そうか。。。

ぼくは同意を求められるのが苦手なのかも。

ぼく自身は誰かに自分から同意を求めることは全くないわけではないけど、ほどんどないもんな。教育関連の話です。

 

25 木を見て森を見ずみたいな話があるが、木を見ていて何が悪い。隣の樹木一本が蘇生することがどれほど尊いかわかってるのか、って話ではないか。

 

26 純粋さに憧れるけど、若い人は足りてないだけだとは思う。歳をとるということは両方できなきゃいけないだけではないか。

 

27 生成AI活用についてと学校でのタブレット利用の是非についての議論が一部で(実際はかなり)混濁しているように見える。でも、ぼくは、その「混濁」にこそ意味があると思ってる。なぜ混濁しているのか。その裏側でもっといろいろに絡まっているであろう実態やプレイヤーの感情。そういうところに、現場の大変さや困難さがぎっちり埋め込まれている「混濁」だろう。ぼくにとってはそっちの方について一緒に考える方がずうっと関心が高い。

 

28 今日も昨日と同じ。幼保小中混在校。二日続き。今日は幼稚園から。

 

29 デジタルの時代に紙とか鉛筆で書くとか、そういうことを一所懸命させることにどんな意味があるのかというのは全くもってもっともな指摘だと思う。

無駄で意味がないということなら、なおのこと初等教育でやっておいた方が良さそうだ。学校くらいしか無駄で意味がないことを一所懸命やれる場所はもうないんだもん。

 

 

すぽんじのこころでつぶやく 2026年6月下旬

1 サッカー日本代表の活躍やら監督の采配やらをすぐに「学校」や「学校教育」と結びつけるには、いろいろあまりにも前提が違良すぎると思うんだけどな。

 

2 今日も河内松原。小学校。いつも乗るバス。

 

3 今日はすさみ町。小学校。一日道徳の授業を参観する。ありがたい。

 

4 機内で昏睡したらしい。多分スーツケースが壊れてしまった夢を見た。

 

5 週前半終了。とても疲れた。自分の仕事にしっかり集中できている。ありがたいことだ。「野生のばん走者」か。たわせんはうまいことを言う。ありがとう。

 

6 子どもたちの即興性が高いなあと感じる学校や教室が稀だがある。そうした場・人がどう育っているかに近年ずうっと関心が高い。例えば道徳の授業において子どもの当事者性が高まり本音が漏れ出るのはまさに即興が立ち昇って来た瞬間である。しかし教室においては先生もそして子どももこうしたお約束ではない状況が発生した時に概ねうろたえているように思う。これが「おおっ」や「シメシメ」や「わーっ」や「きたきた」になるといいのになあと思う。

 

7 今日は、ここ。中野区。小学校。

 

8 今日は、江戸川区。小学校。今年初めて入ります。

 

9 フォーレ。ヴァイオリンソナタ。Pierre Doukan & Thérèse Cochet なんと美しい。。。

 

10 十勝岳、いよいよ噴火するんだな。山はすごい、山は怖い。大噴火なら、ぼくが大学4年生の時、大学のどこかから見上げて以来だろうと思う。大きな被害が出ないことを祈りたいな。

 

11 ぼくはほんとうはずうっとなきたい。

 

12 ひかりの指定席に乗り遅れてのぞみの自由席になんとか滑り込む。ぼくのせいで座れない人が出たわけで、申し訳ない気持ちになる。研修会場にボトルもイヤホンも置いて来てしまった。もう回収はできないな。

 

13 まいごのかぎ。りいこは教室のあの子だよなあと思う。ヤブガラシの中から鍵を見つけられるのはりいこならではなのだが、そういうことはほとんど授業でも取り上げられない。この作品を読めば読むほど、学校的な文脈での読み取りが、りいこを窮屈にしちゃうよ。。。と思う。みんなヤブガラシを知らない(実際にどんな風に生えているのか知らない)で授業しているのだと思う。

 

14 今日は今年初めて、軽井沢の幼保小中校。ジョウビタキが鳴いてる。

 

15 今日は沖縄戦終結の日。

 

16 ついに聴けなかったパウク。

バルトークのヴァイオリン協奏曲。素晴らしい演奏。

 

17 今日は郡山。小学校。雨。

 

18 何度も書くけれども、先生方には「余白」ではなく、「ゆとり」を使って欲しい。目指して欲しいのは、そして権利として主張して欲しいのは、「余白」を作ることではなく、「ゆとり」のある学び・生活なんですよ。

 

19 ああそうか。夏至を過ぎたのか。

 

20 今日は、ここ。仙台。10年以上お世話になっている。

 

21 やばい。レンタカー2箇所で借りている。。。疲れてるな。

 

22 今日は佐久穂町。中高。雨。色々しんどいなぁ、自分が。

 

23 過失を責め立てることでただただゼロトレランス的対応が増えていく。これでは萎縮が生まれるだけなんだよなあ。航空事故の場合のようなヒューマンエラーを前提に免責して事故原因も今後の対応も考える仕組みを学校も作れないものだろうか。そうか。。。新幹線の遅延は東北の地震の影響か。。。なかなか上野につかない。。。

 

24 30分も遅れた。早い便に変えて助かった。。。飯は食えないかも。

 

25 若い友人のポストが痛切で泣けてきた。

 

26 台風。ダブルタイフーンか。仮面ライダーV3かよ・・・。

 

27 岸政彦氏への正鵠を得た批判がすごい。無論難しい問題を孕むが、でも基本的に、見て聴いて書くということについて、逡巡や迷いが感じられないもんな。。。「最後は、迷いなく書く」みたいなのは、ぼくとは違う、書くことはいつも恥ずかしいことであり自己弁護であることを、恥ずかしそうに書く以外に、どうやって確認だよと思っている(まあ、ぼくごときと比べちゃいけないね)。

 

28 南海は止まり。JRも大幅遅延。それはでもなんとか関空には行けそう3時間遅れくらいか。今日はもう飛行機を変えるわけにも行かず。大阪まで出て新幹線はもっと不確実だね。

 

29 モーツァルトを聴いている時は幸せだ。いろんなことを思い出すなあ。ぼくもモーツァルトをただただ愛でることのできる年齢になったんだ。陽平叔父を思い出すよ。

 

30 羊文学。救ってもらいながら。

 

31 なんとか東京まで戻ってきた。関西空港で色々現実的な仕事をした。丁寧に。

 

32 「心理的安全性」という言葉を聞くと、恐ろしくなる昨今。この言葉って「してやってる側」が大手を振って使い始めたら、もうおしまいなんだと思う。

 

33 美輪明宏さん、ありがとうございました。

 

34 今日は稚内。小学校。ビートルズが来日して60年目の日。

 

35 サージェントペッパーズ…を聴く流れでザ・ニューエストモデルのユニバーサル・インベーダーを聴く。このアルバムがオリコンでベスト10に入った30年と少し前から、遠く遠くまで来てしまった。メスカリン・ドライブのイデオロギー・クッキングはメジャーシーンで家父長制も天皇制も一刀両断の強さだった。久しぶりにライブに行きたい。

 

36 メスカリンドライブはニューエストモデルよりもっとすごかったと思う。

 

37 内容・思想をどう届けるか拡げるかということについて。拡げたい内容も思想も多くは歴史的に最先端であることが多いが、どのように届き拡がるか(反発されるか)は、ぼくは、これも歴史的に変わらないことの繰り返しになっていると睨んでいる。ここまでとりあえず書き残しておく。

 

38 札幌市。小学校。

 

39 ならず者になっちまったよ。

 

2026年度ばん走予定(7月12日更新)

 

今後のばん走予定です。

 

今年度はほぼ日程が空いていません。

この後可能性があるのは以下の日時です。

 

7月21日火曜日(関東なら・・・)

12月18日金曜日

2月1日月曜日(夜のうちに関東に戻れる条件なら)

3月19日金曜日

 

ひどいもんだ。倒れないように歩きます。