1on1オンライン対話、年度末年度始めですので、申し込みを受け付けます(1/10)

ぼくは数年前から全国の学校教育周辺の人たち(教員とは限りません)とオンライン対話を続けています。現在は約60名の方と月60回程度実施しています。新年度を迎えますのでこの年度末から年度始めの時期から対話を希望する方を若干名募集します。

 

1 基本はメッセンジャービデオもしくはzoomを使います。

2 二カ月ごとの日程調整です。二カ月目の中旬に継続確認をし、連絡がない場合は自然退会というシステムです。ただし今回は年度末年度始めの時期で不安要素の大きい方も多いので、2月ー4月10日までの希望募集とします。

3 期間中、1-4回の間でご希望を採ります(それ以上は要相談です)。主には夜の時間と早朝の時間です。週末の日中やこちらの業務がない場合は平日の日中を使うことも可能です。

4 一回50分がひと単位で料金は3000円。2回分を繋ぐことも可能です。

5 対話の内容はご希望に合わせます。教材分析・授業づくり対話、校内研修対話、学級づくり対話、学年経営対話、校務分掌対話、教育情勢対話、職員関係対話、学校支援対話、人事対話、ペア読書、以上の組み合わせなどなど多岐にわたります。話したいことを話してくれというような変わった依頼の方もいらっしゃいます 笑

6 振込先は日程が確定しましたらご連絡します。

7 連絡はFacebookメッセンジャーのグループ機能を使っていますのでメッセンジャーを使えることが条件です。連絡個別は大変なのでグループ送信しています。グループに一時的に入っていただくことが条件になります(グループ内での交流などは特にしません、あくまでもぼくの連絡しやすさの都合です)。

メッセンジャー、メール、Twitterのメッセージ機能のいずれかでご連絡ください。

9 1月15日までに、回数、希望曜日、時間帯(できるだけ希望は広めにお知らせください)などと合わせてご連絡ください。

以上です。

 

すぽんじのこころでつぶやく 2023年1月下旬

1 明日の「『鳥獣戯画』を読む」の授業では、みんなでパラパラ漫画を作る、もちろん、教科書で。

 

2 昨日も今日も2本遅い。ものすごい人。みんなぼく同様出勤が少しずつ遅れてこの時間に滞留しているのだろう。担任陣はもっと早い時間から学校に来ているのだから本当に頭が下がる。

 

3 片岡球子が見たかったが、体力の限界だった。来週行ける日があるかなあ。

 

4 子どもたちはそもそも教科書でパラパラ漫画遊びをしたことがないってことがわかった。遊び方がわからないのだ。パラパラもできない。おもしろい。

 

5 遊びという広大なフィールドの前で足がすくんでしまう子もいるのである。

 

6 なぜ関東の人は宿泊学習を移動教室というのですか?

 

7 花粉だ、と思う。。。

 

8 今日の続きが明日だ。明日の続きが明後日だ。この当たり前のことを、ぼく(ら)は頻繁に忘れる。

 

9 若い時から社会活動・社会活動にたくさん触れる関わる機会があってよかった。幾つかの手痛い経験も経て、ぼくは政治に巻き込まれないための政治的振る舞いがかなりの程度できるようになった。

 

10 今日は初めてタブレットを教室で使った。小さいけれど巨大な一歩だった。作文資料を電子黒板に資料提示した。ようやく昨日ぼくにもアカウントが支給されたのだ。

 

11 良いも悪いも、まずは使ってみなくてはどうしようもないんだもの。そういう経験主義を批判する立場も知っているしすごいと思うが、ぼくは根っからの実践者であり、いつだって動きながら動かしながら考えてきた。

予定より一年遅れたけれど、タブレットをどんどん子どもと一緒に使っていこうとおもう。

 

12 永山で人が降りて座ることができた。

 

13 後数日で56歳なので、50の手ならいどころから四捨五入して60の手ならいである 笑

 

14 サロベツ4号に飛び乗る。美深小学校に来るのはきっと今日が最後だと思う。ちょっと泣きそうだな。たくさんお世話になりました。ぼくはまだもう少しだけ先まで進みます。

 

15 ねぇ、お父さん。ではなくて。お父さん、あのね。だったらよかったなあ。鹿島和夫さんは偉大だな。

 

16 結局評価の話って活動の話でありカリキュラム設計の話であり、問いの話であり、何を見ているかという話なんだなあ。問いの訓練は、問いたいテーマに関わる言葉をいかに使わずに別な言葉を用意するかだと個人的には思っている。

 

17 私は署名を概ね信頼しない。簡単に書けるからだ。しかも書いた本人は対象者のことをよく知らないことがほとんどだが書いたこと自体は覚えている。一方対象者は誰が書いたのかもほぼ知らない。誤解のないように補足すると政策決定等に民意を反映する署名には一定の効力があるとも思う。だが減刑・恩赦といった署名は理解に苦しむ。

 

18 詳しくはnoteマガジンの1297号を読んで欲しいのですが、個人通信の再開を決めました。今月この号までのみ無料。その後は100円だけいただきます(その理由も1297号に書いてあります)。どうぞご購読ください。

 

19 今日のドキュメント72時間もとても良かった。今日はお好み屋さんだったけれど、でも、そこを核にした長田の人たちの話だった。

 

20 いつも左足の靴紐ばかりほどけるんだ。

 

21 ずうっと寝ている。相当疲れているのだろう。せっかくの機会なのでやりたいなと思っていたことは10%くらいしかできなかった。あさひかわ新聞原稿だけはなんとか書けたし1on1もしっかり話せたから、ホッとしている。

 

22 自分の性格はなかなか偏屈だなと自分でも思うがまあ仕方がない、それでもって一つ一つ吟味しながらやっとここまで歩いてきたのだもの。

 

23 昔からよくわからない存在であるウォーホルを日曜美術館で見ている。

 

24 Twitter上の黒板も授業WBも多くは内容レベルがすごく高い。難しい言葉がたくさん使われて、一段深い階層の気づきや読みが書かれて(描かれて)いるものがほとんどだ。ぼくが長い経歴の中で接してきた子どもたちの実態とはかけ離れていて眩暈すらする。自分の授業力の低さを突きつけられる感じがする。

 

25 この時期の宗谷線の美しさは筆舌に尽くし難い。豪雪、寒冷、野生動物、運行の障害も山のようにあるし、運転手は厳しい集中力を求められるのだと思うが、一方で圧倒的な美しさと厳しさに魅了されているのだろうとも思う。

 

26 声の制御を指導するのは「声の制御」が「感情の制御」につながっているからと説く記事。ああ、と思う。「感情の発露」が「声の発露」に繋がるんだろうに。。。教室で当てられて蚊の鳴くような声で発表する子の声の形を考えてみるといいよ。あなたは自分をものさしで測られたいかという話だよなぁ。

 

27 富士見台も月見ヶ丘も、もうほとんどの場所が、今はそれは見えないんだよな。

 

28 シジュウカラも渋柿を食べるんだな。

 

29 「個別最適な学び」・・・結局学校教育の延命のために使われていく感じがする。タブレット導入で爆裂邁進する子どもたちを見ていて、これを「個別最適な学び」って言葉で表現するとはなんと都合がいいのだろうと思う。少なくともフリースクールでは使わない方が良さそうな言葉ですね。

 

30 小6ー中1のタブレット、アカウント引き継ぎ問題がクローズアップされている。ぼくの長い友人が徳島の山奥で精力的にGIGAに取り組んできた。彼の学校は小中併置校。ぼくも経験があるが、このサイズの学校には小中の垣根を越える手がかりがいっぱいあるよね。

 

31 今夜は4名の方と1on1オンライン対話。今日の方々とのお話は知らないことが多くてとても刺激的だった。ぼくが得した夜だった。ただ終わった後は過集中だったようで、かなりぐったりしてしまった。

 

32 藤女子大学。ななかまどにツグミ。今年も5回の講義が終わりました。お世話になりました。

 

33 「血税」って言葉は、いつ頃からこんなに多用されるようになったのかな。「税金」でいいと思う。そもそも「税金」に「血」をつけちゃう感覚っていうのは「血の出るような苦労」とかの「血」なんだろうから、搾取されている、搾り取られているという実感があっての言葉なんだろうな。まずは搾り取ってる側にちゃんと文句を言ったほうがいいんじゃないかな。

 

34 「評価」を「評定」をつけるためにひたすら細分化して収集しようとする状況を、なんとかしたい。

 

35 すごい雪だった。久しぶりに除雪。手が痺れている。

 

36 わたしゃ、どのあたりをどんなふうにぼちぼちあるけばいいのだろうかね

 

37 そうだ。スノーシューでどこまでも歩きたいな。

 

38 ぼくは、三浦瑠麗氏の様々な発言にほとんど賛同できたことはないが、今回の突如湧き起こるメディアの掌を返したかのようなバッシングには、恐ろしさしか感じない。

 

39 横浜の公立小学校で働く自分は、自分でもびっくりするほどの衝撃を受けている。関東圏の公立小学校の6年教室の「2月1日」に。公立小中学校はあらゆる角度で深手を負っているんだ。北海道の田舎で生まれ育ったぼくは、本当のところは、このあらゆる角度からの傷付きを、知らなかったのだと思う。

 

40 日本の教育への公的支出の少なさはしばしば話題になるが、本当に、いろんなところに歪みを生んでいるのだと実感する。こんな状況は全然幸せではないなあと思う。子どもも保護者も先生も。

 

41 先日信頼する若い友人と最近の教育映画について対話した。要するに作品として見るに値するものになっているのかという話だ。例えばニコラ・フィリベール監督が仏の聾学校を撮った「音のない世界で」を見た方ならぼくの問いがわかっていただけるのではと期待する。メッセージを伝えたい気持ちはわかるが、映像作品としての質はちゃんと問われるべきだ。これは実は昨今の学校絵本ブームにも同じようなことを感じている。ぼくは質の高い絵本も、残念なものも、ちゃんとあると思う。そして教室ではそういうことを大切にできる教員でありたいと思っている。読み方についての議論や道徳的なメッセージの話ばかりしてはいけない。

 

アートを旅する 2023年1月下旬

・面構(つらがまえ) 片岡球子展 たちむかう絵画展(横浜・そごう美術館)

 

片岡球子の面構え。歴史上の人物や浮世絵師らの顔を描く。その一連の作品を一堂に介した圧巻の展覧会だった。とにかく一枚一枚がでかい。そして、そのデカさをさらに溢れ出てくるような気迫がみなぎっている。どの人物もものすごい存在感だ。片岡の絵をうまいと思ったことがない、しかし、すごいと思う。エネルギーをもらえるのではない、こちらにエネルギーがないと吸い取られてしまいそうな絵画世界である。

 

忙しかった。音楽も美術も映画もない。これを一つ見るのが精一杯だった。

アートを旅する 2023年1月下旬

・面構(つらがまえ) 片岡球子展 たちむかう絵画展(横浜・そごう美術館)

 

片岡球子の面構え。歴史上の人物や浮世絵師らの顔を描く。その一連の作品を一堂に介した圧巻の展覧会だった。とにかく一枚一枚がでかい。そして、そのデカさをさらに溢れ出てくるような気迫がみなぎっている。どの人物もものすごい存在感だ。片岡の絵をうまいと思ったことがない、しかし、すごいと思う。エネルギーをもらえるのではない、こちらにエネルギーがないと吸い取られてしまいそうな絵画世界である。

 

忙しかった。音楽も美術も映画もない。これを一つ見るのが精一杯だった。

アートを旅する 2023年1月上旬

・ハリウッドフェスティバルオーケストラ(ザ・シンフォニーホール

 こうしたライトミュージックのオーケストラとしては、かつてのカーメン・ドラゴン&ハリウッドポールを思い出す。今回は満席の中、往年映画音楽。40名の小編成オケで迫力こそないが、それぞれ達者。特に叙情的な曲のいくつかは、映画館でその作品を見た時のことを思い出して、しんみりとした気持ちになった。もうぼくも確実に「オールドファン」の一人なんだ。

・ジュスタンテイラー(王子ホール

 クラヴサンの名曲を。クープラン、ラモー。音の扱いのクリアな人なんだと思う。すごく端正でスッキリした演奏(だったと思う)。

星野道夫展ー悠久のときを旅する&野口里佳展ー不思議な力(東京都写真美術館

 かなり体調がすぐれなかったが、でも辿り着いてみた。二つの階を巡りながら、月並みだけど、写真表現の幅広さを感じる。星野作品の素晴らしさは言うまでもないが、野口作品のソールライターにも似た何かを覗き見るような距離感が不思議だった。「父のアルバム」のシリーズは、写真展、個展というものの概念を砕かれるような世界だった。



 

すぽんじのこころでつぶやく 2023年1月上旬

1 ジェラール・プーレだ。。。

 

2 ウサギは一羽二羽って数えるんだよ。

 

3 世界を全部説明し切ってしまいたいという欲望のメガネで世界を弁別していくってすごい。しかし、それが人間的生活中で可能かということとの間の断絶は深い。

 

4 身体性を伴うプロセスの価値をともすれば軽視しがちなんだと思う。

 

5 文部科学省はさまざまな事態について当然わかっている。内部では若手中堅を中心にいろんな動きが起こっている。だから少なからぬ学校教育関係者の問いの立て方はしばしば誤まっていると感じる。文部科学省にどうしたらわかってもらえるかではなく、いろんな組織的な問題や対外的な関係で身動きが取れず政策反映しにくい省内の動きをどうやって支援するかを考えたいな。

 

6 関空ターンテーブル返却は、いつもすごく待たされる印象がある。始まりは普通なのだが自分のが回ってこない。

 

7 ラウテンバッハーのヴァイオリンのあたたかさは唯一無二だと思う。たくさんの素晴らしい演奏を残してくれて幸せだ。

 

8 思想のない政治なんてあり得ないと思うんだけどな。政治だけしたいなんてことがあり得ると思っているとしたら、もう根本からの勘違いだと思う。あ、ここでいう政治とは、政党政治だけを指しているのではない。学内政治や家庭内政治まで、全てを指している。

 

9 問いはどうすれば立てられるのですかという問い自体もくだらないのだが、それにがんばって応えるとするならば・・・できる限り方法を問わないということです。ただしそれには多くの教員にとってかなりに訓練が必要なんだなと実感しています。

 

10 例えば約束の時間帯問題一つにしても、その時間に辿り着けなかったってことを恥じる必要もない。その時間帯での設定は自分には難しかった。その時間帯しかないのなら、これじゃない、ということ「しか」ない。「そういうんでいいですから」を前提にして行っているんだから、失敗経験でも何でもない。1on1オンライン対話申し込んでみたけど、これじゃなかったな、ってこともたくさんある。そもそも、話す中身だけではなく、1on1オンライン対話のデザイン(時間規模・時間帯・価格・諸々の手法・双方の準備の仕方・・・)が、自分には合わなかったってことも普通にある。石川さんと話してみたけど、この人じゃなかったな、こういうこと話したいんじゃなかったな、この人は合わないなという人は、ちゃんとたくさんいる。

 

11 結局5社に連絡したがペンケースは出てこなかった。さよなら。

 

12 実践者が自分の実践をまとめて実践書籍や実践論文にまとめていく過程がどうしても自分目線の自分語りになってしまう、客観性を担保できないものになっているのではないか、という指摘は古くからある。その問題を乗り越えるためには対話者・協同的な場が必要になるはずである。例えば大村はまさんの「学習記録」実践を後の研究者は「ポートフォリオ」(のよう)だという。はまさんは自分の実践を「ポートフォリオ」だと言うまい。実践者は新しい概念を用いて自分の過去の実践を説明し直すことに十分に禁欲的であるべきというのはぼくの持論である。ぼく自身も、自分はファシリテーターで、ぼくの授業はファシリテーションをベースにしているなどと、一冊本ができたくらいで舞い上がってしゃべらないように気をつけよう、調子に乗りやすい性格だから。

 

13 読書へのアニマシオン。そもそも日本に入ってくる過程で深刻な行き違いを生じてしまった読書メソッド。広く流布する「ダウトを探せ」という名称をぼくもわかりやすさのために使っているが、方法として消費される現状を見てしまうと、紹介なんてするんじゃなかったという気持ちになっていく。辛い。そもそも「ダウト読み」という名称は誰が最初に使ったのだろう、ぼくだろうか、ぼくだったとしたら、なんと罪深いことだろう。穴があっても入れないほど、ぼくの罪は大きいものだと思う。

 

14 ムカつくから続けているという身体感覚は、ぼくも共有している(できている)。でも、ぼくはずうっと怒っているわけではない。怒っている人の言うことを、一般には、誰も聞きたがらない。

 

15 長く使ってきた大宮の会議室は、この12月で会場費が1.5倍に上がってしまった。今後方々の会場費はこんな風に上がっていくことも予想できそうだな。ぼく自身の研修会の単価はできるだけあげたくない。放課後の時間にぶらっと寄れる学び方の選択肢を作りたいというのが今の活動の願いでもあるわけだから。そうすると、会場キャンセルの期限などを見ながら上手に対応していくしかない。

 

16 大きなトピックや、社会的には大きくなくても自分にとって重大(深刻)なトピックが目前にあると、急激につぶやきや書き込みが増える傾向が、SNSで個人をウォッチングしていると見えてくる。そもそも個人をウォッチングしている段階で、「あなたもフォーカスを外した方がいいよ」と諭されそうだが。

 

17 マネジメントの本質は、ティール組織とかじゃないよな。「ここ」で踏ん張るってことなのよ。

 

18 線路に水が浮いている。こんな1月の北海道。。。

 

19 仙台18名。たくさん集まっていただいて本当にありがたい。3時間一所懸命国語の話をしたが、それがヒットしているかどうかぼくにはやっぱりよくわからない。遠くから来てくださった方、懐かしい方ともっとゆっくり話す時間があればよかったがそんな余裕もあまりなかった。皆さん感謝しています。

 

20 一月半ば。例年通り、心身の不調を感じる季節になってきた。この季節を上手に静かにくぐり抜けなくてはいけない。野口里佳は潜る人を撮っていた。潜る人。

 

21 西村朗さんって、とても抒情的だなと、改めて思う。

 

 

個人通信Simple Dreamsを再開することに決めました。

noteの「定期購読マガジン」を使って、個人通信を再開してみます。情報を得るのには対価が必要ということを大切にしたいと思っていて、100円だけ購読料を頂こうと思っています。

とりあえず、毎月最低一回更新するという流れでやっていこうと思います。基本的には、こちらに書くものは、ぼく自身はSNSには上げないというルールです。まあ、こうしたものが実際どの程度機能するのか、回し始めてみるとどんなことが見えてくるのか、自分にとっての実験でもあります。ぼくの個人通信(日記)なんて読みたい人がいるのかどうか、ちょっと疑わしいのですが。。。

最初の一月は、無料なんだそうです。ですから、この記事は無料で読めるはずです。次回からは、冒頭部分以外はクローズドで、有料という風にしてみようと思いますので、興味のある方はぜひ購読手続きを取ってみてください。

 

すぽんじのこころでつぶやく 2022年12月下旬

1 ぼくは新卒の時分から性に関わることや排泄に関することなども(まあこの二つを列挙するのも微妙だが)結構あけすけに話してきたと思う。新卒に学校が壮絶に荒れており、荒れた教室や授業において性や排泄に関わる用語が汚いことを示すものとして大量に投げ込まれることが民主的とか人権とかそういうことの崩れを象徴する事態なのだと感じてきたからでもある。今、学校は狭い意味での公序良俗の範囲を出る言葉を教師も生徒もそれがまるでないかのように透明化している。その矛盾は至る所に噴出してきている。この傾向はいわゆる人権活動家の過剰なポリティカル・コレクトネスの状況とそれを巡る深刻な対立と軌を一にしていると個人的には感じている。少なくとも学校において抵抗する子どもたちの一定数が取る態度の一つは人権的に許されないと学校的に見なされている行為発言の発動である。

 

2 しっかりした靴を買わなくちゃな。

 

3 ぼくが多人数を集めた講座でずうっと頭を痛めてきたのは方法(ツール)にも思想がきっちりくっついているということを知らない方がたくさんいるということだった。例えば「ダウト読み」という楽しい方法を一つ「ミリーのすてきなぼうし」の講座で知ると、そうした方の幾人かは、それをあろうことか「一つの花」でやって、「先生すごく楽しかったです」と報告されたりする。。。

 

4 イーロン・マスクさんは、きっと、もうこの遊び道具に飽きたんでしょうね。このままCEOを退任されるのだろうと思うが、なんというか金持ちの玩具遊びに付き合わされている感じが、ちょっと、たまんないな。

 

5 そうかぁ。授業づくりネットワークと全教の関係が深いとか、仕方がないことけど、時計の針は1990年代半ばで止まってしまってるんだろうなぁ。

 

6 手稲。大きな病院が見えるマックで、いつもとは違って照り焼きチキンバーガーを食べる。歯が痛い。ずうっと調子が悪い気がする。年の瀬。藤女子大学の講義。今夜はその後、道北にたどり着いたら八戸の準備をしよう。

 

 

7 裁判所(裁判官)は大変な時代になったんだろうなあ。部屋の隅の猫パンチ合戦について、先にパンチしたのはどっちだとか、パンチの時に爪を出していたかとか、そんなことを一つずつ精査しなくてはいけない状況か…。本人たちには大問題なんだろうが…右派左派問わず対話の成立しない時代よねぇ。

 

8 アリーナ・ポゴストキーナ。すごい決断だな。自分のキャリアに大きく関わるわけだろうから。僕は今の自分の仕事や生活のことを考えると、航空機に乗らないという選択はできないな。してみたいけれど。

 

9 何度も書くけど、ぼくは、教師が子どもの伴走者であるべきだなどと一度も言ったことはない。ぼく自身「ばん走者」を仮に名乗っているが、「ばん走者」としての僕のエンドユーザーは学校教育関係者である。子どもではない。そもそも教師は子どもの伴走者には構造的になり得ない。

 

10 もう何年も、映画はぼくには最もハードルの高い体験だ。他人の構築する論理に二時間前後縛られる勇気がいつも持てない。見たい作品はたくさんあるのに。

 

11 なんか色々苦しいなあと思う。ひとつずつやっていくしかないことはわかっているのだが。私が大切にしたいことが日常に埋もれていくことが、この歳になってもなお許容できない。

 

12 ダンタイソンのポロネーズ。リズム感の際立つ硬質な音で、結構愛聴している。

 

13 年内最後の1on1オンライン対話が終わった。最後は授業づくりの話をみっちりとすることができた。これで仕事納めの予定だったが、授業づくりネットワークの次号に関する臨時の理事会を明後日の夜行うことになったので、それが仕事納めになる。原稿も書きたいし、本も読みたいのだが、きっとダメだろう。

 

14 町内会費徴収。お出掛けのご様子の家にはまた行かねばならない。

 

15 ワタリウムに磯崎さんの仕事を見に行ったのは、2014年か。もう8年にもなるんだな。ご冥福を。

 

16 ぼくは、在職の時期から年賀状はやめている。北海道から東京へ引っ越ししたこともあり、今は、ほとんど年賀状は届かない。年賀状との縁は数年前に事実上切れているが、ぼくのことをそのことを持って不義理だと感じている人は多分ほとんどいないのではないかと思う。

 

17 それにしてもワインなど飲むべきではなかった。もう酒を美味しいと思う瞬間などほとんどないのに、たまに間違って手をつけてしまう。自傷行為に近いと思う。

 

2022年をアートで振り返る

2022年の自分を説明するのにふさわしいものを、昨年度同様選びたい。これも昨年度同様、どうしても下半期のものが印象が濃くなってしまうわけだが。

各ジャンルのベスト1を。



芝居など

11月1日。good morningNo.5「赤裸裸ザ・スズナリ

他に、札幌演劇シーズン2022-夏 劇団風蝕異人街「THE BEE」も強烈だった。あとは大人計画ドライブインカリフォルニア(本多劇場)かな。

 

コンサートなど

12月2日。マリア・ジョアン・ピリスザ・シンフォニーホール

他には、N響ルイージ&エーネス「ベートーヴェンVncon,ブラ2」(所沢,9/24)、テレマン室内オケ「ブランデンブルグ全曲」(東京文化会館、11/9)、読売日響&井上「大地の歌」(東京芸術劇場、1/28)、ラトヴィア放唱(武蔵野市民文化会館,10/16)、山中千尋トリオ(COTTON CLUB東京、12/26)なども印象深かった。

 

映画など

今年はほとんど何も見なかった。映画を見るのはぼくには物語を読むことと同様ハードルの高い行為だと痛感した一年だった。

 

展覧会など

4月27日「池田宏 現代アイヌの肖像展」(東京都人権プラザ)

他には、ユルカワフウ展(横浜そごう美術館)、羽生輝展(北海道立近代美術館)、神田一明、日勝展(道立旭川美術館)も印象深い。

 

書籍など

芦田宏直シラバス論-大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について』(晶文社 ,2019)。ようやく読んだのだが。

本も結局後半は特にほとんど読めなかった。教育書では佐々木潤『個別最適な学び×協働的な学び×ICT入門』(明治図書,2022)。とても誠実な本。おそらく来年のぼくを助けてくれる本。

 

音楽アルバムなど

これかな。small circle of friends.昨年でたcellのリミックス版だが、こちらのアレンジがずうっといいと思う。

Another Cell

Another Cell

  • 75records
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湯川潮音の”10の足跡”もライブを聴いた後聴くと、すごくいいね。

 

アートを旅する 2022年12月下旬

・ナタリーワイズ&湯川潮音(下北沢CLUB Que)

 ヘッドホンで聴いているとどうにもフィットしなかったナタリーワイズ。やはり生で聞くべきなんだな・・・。BIKKEの語りかけるような不思議なラップと他メンバーの音との重なりが生む芳醇な世界に段々とハマっていった。高野寛さんはひたすら素敵だった。湯川潮音は新作がいつものようにフィットせず(彼女の作品はずうっと後で気に入ることが多い)、どんな感じかなと思っていたが、これも圧巻の歌声だった。ごめんなさい、痺れました。

・光の芸術家 ゆるかわふうの世界 宇宙(そら)の記憶(そごう美術館)

全く期待しないで出掛けたこの展覧会はかなり面白かった。スタイロフォームを主には微妙にハンダゴテなどで削り、それに裏からLEDを通すことで、繊細な生き物の世界(最近は肖像画などにもチャレンジし、藤田ニコル肖像画とかとても面白かった)を表現する。スタイロフォームなんて壊れやすいわけだし、LEDがないとただの発泡スチロールのようなものなわけで、これは着想もまた、現代社会・アートの比喩としても秀逸で、ちょっと見入ってしまった。

 

山中千尋トリオ(COTTON CLUB東京)

 今や日本を代表するジャズピアニストの一人。初めて実演に接したが、バラードメインで彼女の音楽を聴いてきたこともあって、イメージが一新された。音量も十分で、しかも大変なテクニシャン。とにかく音数が多いので、ちょっと情報量そのものに圧倒されてしまう感じもあった。いつかのハワードジョーンズ以来久しぶりの会場。いい雰囲気だな、東京は豊かな場所だ、お金さえあれば。

三沢市寺山修司記念館(青森県三沢市

念願かなって寺山修司記念館。今回は彼が初期に手掛けたというラジオドラマの脚本の再現パフォーマンスもあり、充実の来訪だった。ぼくを含めて7人くらいの客。勿体無いが、それでいい気もする。小川原湖周辺の荒涼とした風景も、似つかわしい。恐山にも行きたいなあ、展示室の引き出しがいい。田園に死す、なんだよね、これは。