霧島プロジェクト1日目

はじめて、寺脇研さんとご一緒する。じっくり話せる合宿形式もたまにはよい。梶原さんありがとう。協同学習の水野さんや高千穂大の鈴木さんにも。

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9月の鹿児島集会の新名主さんや蔵満さんにも。

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初日は、撮る教室の話。

明日は時間があれば教師教育というか、伴走の話。

 

 

バスに乗る

小岩からフラワーロードを通って寺まで1時間弱の道を歩くのが好きですが、朝から暑かった…。

バスに乗って妹の墓へ。

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36で娘を残して逝った妹のことを思うと、自分はなんだかロスタイムみたいな日々を過ごしているような気がしてきます。

中村一義を聴きながら。

最高築 (通常盤)

最高築 (通常盤)

 

 今日もあまり仕事はすすまなかったな、今日も。

歩く

終日目が痛み、結局小岩までは行けませんでした。

ごめんね。明日はきっと行くから。

立川で小さな用事を済ませ、1年半もいるのに初めて、電車には乗らず、家まで歩いて帰ってきました。小さな坂があり、踏切があり、畑があり、すぐ足元にある風景も知らない自分です。

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夏の講座の準備を進めなければならないのですが、全然準備のできない一日でした。

本も読めない。

ぼうっと来年からのことを考える、お盆です。

カラーボックスをつくろう。 

グラズノフ:交響曲第1,2,3,9番

グラズノフ:交響曲第1,2,3,9番

 

 音楽がほしいな、でも、どんな音楽がほしいのかもわからない。

月亭方正独演会10周年記念公演【東京公演】 2018.8.12

THEATRE1010。

なんとなく下北沢だと思って出かけてしまう。北千住だった・・・。

ぎりぎり会場入り。満席。

柳家あお馬さんが前座。まだ前座なわけだが、非常に

春風亭 一之輔さんがゲスト。さすがの勢い。

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月亭方正はまあなんというか、おもしろ落語もできるのだが、思いのほか古典に忠実。落語へのリスペクトにあふれていて、すばらしいなあと思いました。

鼠穴、聴きごたえありましたよ。

本来の落語のファン層ではない人をたくさん動員できる。方正さんの仕事、すばらしいです。

帰り道、急激に調子が悪くなりました。

目が痛い。

このところ、自分の目と耳の衰えを自覚することが多いのです。特に目は、父が今に至るまで目に悩まされてきたことを知っているので、恐怖を感じます。小さなころ、目の痛みを訴える父の気持ち、全くよくわかりませんでした。今はわかります。

 

Teach For Japan × 石川晋先生:リーダーシップ × 国語授業づくり研修 2018.8.11

新橋のTFJ事務所で。

ぼくは午後からの自分の出番に合わせて参加しました。13:30から結局17:30くらいまで (笑)

今日は、「俳句の読み方、味わい方」(東京書籍3年、片山由美子)から、特に「をりとりてはらりとおもきすすきかな」、「モアイは語る」、そしてマイクロディベート

12名+スタッフ4名で、当初は4名くらいの予定が、木村さんの告知もあって、一気に増えました。

ぼくにとっては未知の人たちがたくさん。これはTFJというNPOとぼく(をはじめてとするNPO授業づくりネットワーク)とのつながりによって生まれていく広がりだよなあ、ありがたいことだと思います。

終了後の協議もとてもおもしろかったです。

みんな一足飛びに最前線実践(と見える)を行っていると思えるんだな、きっと。いろんな地上戦を経て、それぞれが形にしている、そのプロセスへの想像力と、何よりもそのプロセスを楽しく耐えるココロの在り様に気付いてほしいなあ。

一気に極北にたどり着こうとするようなやり方は、たくさんの歪を生むわけだしなあ。

国語科授業の授業づくりの方向については、ある程度クリアに話せたかなと思います。ただ、いかにもお盆のはじまりの講座で、結構最近になくまったりと進めました (笑)

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若い可能性あふれる先生、本当にたくさんいるんだなあ、希望を感じます、とても。

みなさん、京都や新潟、広島の研修会にもきてくださいね!

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みなさん、お待ちしてまーす。

「立ち止まる教師」「やり戻る教師」「問い直す教師」に

「立ち止まる教師」「やり戻る教師」「問い直す教師」に、というようなことを考えています。本当に学びほぐしが必要なのは、教師自身なんじゃないか、と。
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少なくとも、ずんずん進むことばかり考える人よりも、信頼できそうな気がする。
生涯学び続けるみたいな議論が、新保守主義的言説とひっついてる感が、どうにも苦手です。

「単なる手法ではなく在り方を学びました」「このもやもや大切にしたいです」は何を学んでいるのだろう…

じつは「単なる手法ではなく在り方を学びました」「このもやもや大切にしたいです」は、研修会ベースで言えば、既に10年くらい前から参加者の中から感想として記述されたり発言されたりするようになっていました(そういう類のことを大切にする研修会がその頃から登場していました)。
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でもこれってなんだろう。
在り方とかもやもやとか、結局言語化を放棄しているといえなくもないわけですよねえ。

単純な答えを探すとか、万能な方法があるとか…そういう問題意識へのアンチテーゼとして登場してきたものが、今度はそうした文脈から切り出されて一人歩きする…難しいなあ。

これじゃあ、みんな違ってみんないい、世界に一つだけの花、といった事実上の思考停止と、同じだよなぁ。