学校は「社会との共依存状況」を自浄できるのか?

ぼくが学校に入るケースは色々なのだが、大まかには学校が研修講師として呼ぶ場合と、個人が学校研修とは関係なく管理職の了解を得てぼくを教室に呼び入れる場合とがある。下記の話は、主には前者のケースということになるが・・・。

 

100年周期程度でやってくると思われる(コロナ)パンデミック下でも、ぼくはずうっとサーフィンするようにして学校に入り続けている。感染の波がひどくなると、やや遅れて、学校(校内研修)からのキャンセル連絡が届き始める。キャンセルが連続する直前はたいてい現地まで赴いたところで、あるいは研修の旅程が始まったところで、双方にとって悲劇的なやりとりがもたらされる。ちなみに今回もそうであった。三日つづきで同じ街の学校に入るお約束だったが、初日の学校に入っている時から怪しい雲行きになり、二日目の学校ではいくつか入る予定の教室の一つが閉鎖で入れなくなり、三日目の学校は前夜に連絡があって現地のホテルで悲劇的なやりとりの末キャンセルになった。

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こうした形でキャンセルになると必ず繰り返されるのは、ぼくの交通費や講師謝礼は学校でなんとか捻出したいという話であり、それに対してぼくがやってない仕事の料金は受け取れませんと返信し、という胃の痛くなるようなやりとりである。

こうしたことは2020年2月から再三繰り返されており、その間に起きていることやそこで考えていること、顛末の一部は、ずうっと隔月刊行されるwe誌の連載の中で書いている(たとえば下記の号とか)。学校にごく近い、しかしある程度客観性を担保できる立場での記述を残し続けたぼくの記録は、おそらく相当資料的な価値の高いものになるだろう。願わくば100年後のパンデミックの時にその頃の学校教員に気づいてもらえたらいいのだがと思う(そんなことはほぼあり得ないだろうが)。

で、ぼくの立場では書きにくく言いにくいこともたくさんある。読んで傷つく人だっているだろうということを十分承知の上で、それでもやはりぼくしか書けないことを書いておかなくてはいけない(これは連載でもこれまで少なからず触れていることだが)。それは、こんなパンデミック下で、優先されなければならない校内研修なんてあるのか、ということだ。ぼくは自分の仕事がなくなることを覚悟で、雇われ講師の立場では限界ギリギリの表現で、実施の見直しを促してきた。でもほとんどの場合は予定通りに実施される。今回にせよ、授業公開(ぼくに授業を見せる予定、たいていはそうした場合ぼくとの濃密なリフレクションもセットだ)を予定していた先生方は、悲しい思いをされただろう。

 

また、そもそも放課後などの研修の時間も感染報告とその対応の電話応対などで、研修会場から次々と先生が出入りを繰り返さなければならない状況になったりする。落ち着かない状況の中では、先生方もなかなか集中して研修を受けにくいだろう。教室の子どもも何人も欠席しているという状況なので、教室のパフォーマンスも不十分になりがちのはずだ。そもそも「学びを止めない」が子どもにとってのものだとすると、少し話題を広げれば、ぼくの聞いている範囲でもクラスの半分が陽性・濃厚接触・自主で欠席している中三クラスもあるという中で、それでもやり続ける学校はなんの学びを止めていないのだろう(苦笑)といったことさえ考えてしまう。

 

ぼくは学校に呼んでもらえないと生活が成り立たない。だからぼくにとっては研修がなくなっていくことはとても厳しい状況だ。だが、そういう立場であってもちゃんと言わなければならないことがある。学校は正常な判断が出来ていない状況ではないのか。

考えてみれば学校は、この間悲劇を身に纏いながらその悲劇そのものを存在意義にして教育活動を持続させてきているのではないかとさえ思える。これはいわば、社会との共依存関係だ。本来厚生労働省が担わなければならない貧困家族の生活支援や家庭での子どもの生活リズムの面倒まで学校が率先して引き受けている(ように見える)実態は、社会と共依存関係を取り結んで自分の存在意義を本来とは違う形で延命しているようにしか見えない時がある。

パンデミックが明けると、この共依存関係はまた埋め込まれて見えなくなってしまうのだろう。みんな忘れてしまうのだろう。だが、ぼくは起こったことをちゃんと覚えておこうと思うし、見えていることを、見えていないふりをして元に戻そうとする動きの真ん中に、たとえ石ころみたいであっても投げ続けようと思う。