2017年7月4日第4号。町支大祐さんに書いていただきました。
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メールマガジン「教師教育を考える会」4号
2017年7月4日発行
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東京大学マナビラボ 特任研究員
町支 大祐
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第4号は、町支さん。教師教育を、理論と現場を往還しながら、丁寧に考察発言を続けてこられています。教師教育の本丸とがっぷり向き合う骨太の提案です。長文です。じっくりお読みください。
なお、新たに数名の方が書き手として参加してくださることになりました。今後の最後にご紹介しておりますので、ご覧ください。(石川 晋)
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1、自己紹介と、マナビラボの紹介
みなさん,こんにちは.東京大学研究員の町支大祐(ちょうしだいすけ)と申します.
最初に少し自己紹介させてもらいます。まず大学を出てから4年間,中学校の教員として働きました.その後,教育学の大学院に通い,修士・博士課程を経て,二年前から研究者として大学に勤務しています.昨年度までは青山学院大学で,この4月からは東京大学のマナビラボ(http://manabilab.jp/)というところで働いています.
マナビラボは,「ワクワクする学びを明日の教室に」というスローガンのもと,高校における学びのあり方やその変革について調査・発信しています。具体的にいうと、1 アクティブ・ラーニングを重視した授業の紹介 2 全国調査等を通じたアクティブ・ラーニングやカリマネに関する状況の「見える化」 3 アクティブ・ラーニングやカリマネの組織的な推進のサポート 4 学びに関する理論の紹介,などを行っています.
その中で,自分の担当は3でして,「学びの変革を推進できるスクールリーダーやミドルリーダー」のための研修を開発しています.ケースメソッドやリフレクションなどの手法や概念を用いた研修にする予定です.
個人的なおすすめは4です.Webサイトで言うと,「3分でわかるマナビの理論」というコーナーです.ラボで働いている同僚の多くが教育哲学を専門としており,難解な理論を分かりやすく動画で解説してくれてます.「わたしたちがアクティブであるとき、わたしたちはユニークである」「『埃だらけの福音書』を手渡すとき『数行』書き加えられるだけの余白を与えていますか?」タイトルだけを読むと,小さな?がたくさん浮かんでくると思います。が、どれも教員としての忙しい日常の中で、「ふと我に返る瞬間」をもたらしてくれるような動画になってますので、是非ごらんください。
2、学びの自律性
さて、ここから本題に入りたいと思います。
みなさんご存知の通り、近年の大量退職と大量採用の結果、経験の浅い教員の割合が増しており、そういった教員らの力量形成が各所で話題になっています。私自身も、東京大学中原淳先生と、横浜国立大学の脇本健弘先生とともに、横浜市をフィールドとして調査研究を行いました。(この研究の成果の一部は,“脇本・町支2015『教師の学びを科学する』北大路書房”に掲載しています.)
調査対象とした横浜市では,10年ほど前から「メンターチーム」という取り組みを行っています.これは従来の校内研究や初任者指導教員のような仕組みと若干異なり,「若手同士」で学びあう点に特徴があります.学校ごとにやり方は異なるのですが,月に一回ぐらい校内の若手(1~10年目くらい)が集まって,学びの機会を作っています.いろいろな学校を回ってみると,お悩み相談のような機会を作ったり,先輩の教室をめぐる「校内ツアー」や,模擬授業・指導案の検討などが行われています.
私たちの研究プロジェクトでは,このメンターチームを対象として調査を行いました.その結果分かったことは色々とあるのですが,中でも最も重要なポイントは「自律性」を重視することの大切さでした.「自律性」とは,つまり,学びのあり方を学び手に預けるということです.より単純に言えば,学び手が学びたいことをテーマとする,学び手がやりたい方法で学ぶ,ということです.(ここでいう学び手とは,初任など,より若い世代の教員)
これが簡単なようで,結構難しかったりします.
というのも,得てして,教員の学びの場は「教え手」の都合で構成されることが多くなります.あれができてない,これができてない,だからあれとこれを教えてあげよう.そういう気持ちになりがちです.もちろん,先輩がそういった関わりをすること自体は完全否定されるものではありませんが,調査によれば,より効果的だったのは,若手自身が自律的に学びの場を運営している学校でした.
3,先輩の関わり
とは言っても,先輩にできることがないわけではありません.調査そのものから得られた知見とは限りませんが,たくさんの学校の若手育成組織を見る中で,いくつかtipsのようなものがありましたので紹介していきたいと思います.
まずは,若手が悩みや失敗を打ち明けられる空気を作ってあげることです.若手にとって学びの動機の源泉は,「悩みや失敗」であることも多いです.そういったことが共有できない場では,本当に学びたいことや本当に相談したいことは表明できません.
例えば,先輩が自分の失敗をさらすということも一つの方法かもしれません.インタビューに答えてくれた初任やそれに近い若手の中には,「自分は教員としての資質がないのかもしれない」という気持ちになっている方もたくさんいました.特に,先輩との違いを目の当たりにしてそれを感じるパターンも多かったです.若手が内面を吐露しやすい空気を作ってあげるには,自分自身もかつては失敗した,というような話をしてあげることも意味があるかもしれません.
次に,「待つ」ということです.
若手自身が自分で気づきを得るには,時間がかかる可能性があります.先輩としては,焦って「こうすればいいんだよ」とコメントしたくなることもあるでしょうが,それをせずに待つということも重要になるでしょう.
上記の裏返しになりますが,もう一つのポイントは若手の学びを「守ってあげる」ことです.若手の学びを遮って「教えたい」と思ってしまう人は校内にたくさんいます.自分さえ口を出さなければ若手が自分のペースで学べるかというと,そうではありません.他の先輩も学びを遮ることがないよう,若手らの学びの場を守ってあげる必要があります.
もう一つ,教務主任や管理職の世代の方(がどれくらいこのメルマガを見てらっしゃるかわかりませんが)ができることとして,「時間の確保」があります.学びの場を作るということは,長い目で見れば重要ですが,必ずしも次の日の業務に直接役立つとは限りません.となると,日々の準備が優先されがちになり,学びの時間はあとへあとへと追いやられることがあります.短期的にはその方が都合が良い場合もあるのですが,ふと立ち止まって日々の学びを整理する時間がなければ,ただただ「経験あって学びなし」に陥る可能性もあります.
例えば,教務主任や管理職ができることの具体例として,学びの時間を「会議暦に入れる」ということがあります.非常に単純な話ですが,しかし,それをするかしないかによって時間の確保のしやすさが格段に変わってきます.周りもそれを認識しますし,たとえ若手が何かを頼まれたとしても「メンターチームが入ってるんで」と大手を振って言うことができます.これは,時間の確保にとって重要な点です.
以上,細かい話をいくつかしてきました.大まかに言うと,若手を「教え育てる」ことから,若手の「学びを支える」ことへの転換と言えるのではないでしょうか.
4,若手の増加をどうとらえるか
さて,ここまでは横浜の実践を見て気づいたこと等について書いてきましたが,ここからは,研究を離れてもう少し大雑把な話をしてみたいと思います.
若手の増加は,一般的にはピンチだと見られています.確かに,経験豊富なベテランがいなくなり,右も左も分からない若手が増えるのですから,問題は起きやすくなるでしょう.
一方で,若手は学校現場に新風をもたらしてくれる可能性も秘めています.例えば,マナビラボの調査結果には,自分の受けた被教育経験が,授業観に影響を与えているとの指摘があります.これから若手として学校現場に入ってくる新人は,「言語活動の充実」の影響を受けた世代です.また,大学ではサービスラーニングや,プロジェクトベースドラーニングなどを経験した世代です(もちろんすべての大学で行われているわけではありませんが).つまり,アクティブ・ラーニングや主体的・対話的で深い学びとの親和性が高い被教育体験をもった世代です.このことは学校に前向きな影響をもたらす可能性が大いにあります.
加えて,人材の多様化も見込むことができます.これまでの世代の教員は高い倍率を切り抜けて採用されており,良くも悪くも限られた層の人材が教職についていました.倍率がさがることによって資質能力の幅も広がる一方,多様な人材が教壇に立てると見ることもできます.地域の多様化や子ども自身の多様化等がすすむなかで,必ずしも悪いこととは限りません.
こんなことを言うと,「のんきなことを言って」と現場の先生方から怒られてしまいそうですが,それでも僕は,「若い人が増えること」をただただマイナスに捉えるのはもったいないような気がしています.
そして,これらの世代の力を活かすうえでも,学びの「自律性」はやっぱり大きな意味を持っていると思います.アクティブ・ラーニングを経験してきた世代の主体性をいかさないのはもったいないし,人材像が異なるのにこれまでの世代が学んできた方法で教えようとしてもうまくいかないのではないでしょうか.若手自身に学びを預けることが,若手活用の第一歩になると思います.
5,大量採用のその後
さて,後半では私自身の勝手な思いを述べてきましたが,ここからは,大量採用の「その後」について述べたいと思います.今後,二つのことが起こると予想しています.
一つは,キャリアの早回しです.例えば,大量退職と大量採用が本格化して数年たった自治体では,経験10年程度でも学校内でのキャリアの長さは中間値以上になる事例も出てきています.そうなると,かつてであれば40代後半や50代で任されるような職務を,若いうちから担う可能性があります.
実際,最近見た学校では,経験10年ちょっとですでに教務主任を任されているという事例に出会うこともありました(校務の情報化も影響しているかもしれません)
もう一つは,マネジメント層に向かうキャリアの不透明化です.大量退職と大量採用がまさに起こっている時期は,若手が多く,ミドルが少ない,そして,ベテラン層が多いという状況になっているわけですが,その時期を過ぎると,今度はそれがそのままスライドし,ミドルが多くなり,ベテランが少ないという状況になります.そこで予想されるものの一つが,スクールリーダーの成り手不足です.別の要因からすでに生じている自治体もありますが,今後はそれがもっと増えると予想されます.
これからの時代は,カリキュラム・マネジメントや働き方改革をふくめ,スクールリーダーの持つ意味がますます大きくなっていく可能性が高いと思います.そんな時代に誰がマネジメントを担うのか,そして,その力はどのように高めうるのか,そういったあたりは(今でもそうですが)今後の大きな論点になると考えられます.
こういった予測をふまえ,現在,「スクールリーダー調査」を行っています.正式名は,株式会社内田洋行×横浜国立大学共同研究「アクティブ・ラーニング推進時代に対応したミドルリーダー・管理職に関する調査とサーベイフィードバックによる研修の開発」です.(具体的にはリンク先(https://www.manabinoba.com/research/016045.html)を参照ください)
最初にご紹介したマナビラボの業務も,また,この調査においても,どちらもテーマはスクールリーダーの成長支援です.
これらの研究も,いずれ来る時代に学校現場のお役に立つことができるよう取り組んでいます.
6,おわりに
今回,メルマガ投稿の機会をいただき,これまでの研究とこれからの予測を述べさせていただきました.
これまでもこれからも含めて,自分は研究と学校現場との橋渡しができる存在でいたいなと思っています.データを用いて分析していくことは,もちろん自分の仕事の中心ですが,データで分かることと,データでは解釈できないこと,その狭間の橋渡しができる人材でありたいなと思っています.
そのためには,もっともっと色々な学校のことを勉強していきたいと思っています.今後ともよろしくお願いします.
町支大祐(東京大学マナビラボ 研究員)
Web「町学支考」:https://cdai80.wordpress.com/
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横浜でのフィールドワークを基にした重厚な提案でした。ありがとうございます。本文中にもご紹介いただいています『教師の学びを科学する:データから見える若手の育成と熟達のモデル』(2015,脇本健弘、町支大祐、中原淳,北大路書房)には本論考に関わる様々なデータと分析考察がまとめられています。これは、お勧めの一冊です。
私は50歳になりました。最後の数年は、若手教師を職場の中で、どのように育てていくかに悩みました。スーパーマンのような育成は寝食を惜しむように行えば、個別の事例ではヒットするかも知れません。しかし、持続可能な育成を「科学」しないといけないと、痛切に感じていました。ベテラン教師が自らの在り方を省察する上でも、実に示唆に富む提案です。
【新たに書き手としてご協力いただけることになりました】
新たに、梶浦真さん(教育報道出版社 代表)、今井清光さん(東京都立科学技術高等学校・教諭)、吉川岳彦さん(シュトゥットガルト自由大学 修士課程クラス担任及び専科教員コース)、小坂善朋さん(北海道安平町公私連携幼保連携型認定こども園副園長)、一尾茂疋さん(一尾塾塾長、自主学校瀬戸ツクルスクール運営責任者)、豊福晋平さん(国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター 准教授 (Associate professor)・主幹研究員、IUJ Associate professor)、宇都宮美和子さん(帯広市立稲田小学校栄養教諭/十勝清水食育ネットワーク事務局長)、菊池真人さん(南アフリカ共和国ヨハネスブルグ日本人学校 教諭)、青
それぞれ様々な職域・立場からのご提案をお願いしました。
執筆の日程は以下の通りになります。ご期待ください。
6月16日金 石川晋(NPO法人 授業づくりネットワーク理事長/元・北海道公立中学校)
6月20日火 石川晋
6月27日火 杉本直樹さん(大阪市立上町中学校教諭)
7月4日火 町支大祐さん(東京大学マナビラボ 特任研究員)
7月11日火 宮田純也さん(「未来の先生展」実行委員長)
7月18日火 梶原末廣さん(インターネット編集長/「中・高教師用ニュースマガジン」編集・発行人)
7月21日金 梶浦真さん(教育報道出版社 代表)
7月28日金 藤原友和さん(函館市立万年橋小学校教諭)
8月8日火 今井清光さん(東京都立科学技術高等学校・教諭)
8月15日火 杉山史哲さん(ミテモ株式会社/学校働き方研究所)
8月18日金 ちょんせいこさん(株式会社ひとまち代表)
8月22日火 上條晴夫さん(東北福祉大学教授)
8月25日金 赤木和重さん(神戸大学大学院)
8月29日火 大和信治さん(EDUPEDIA編集部/NPO法人 Teach For Japan外部講師)
9月5日火 館野峻さん(品川区立義務教育学校教諭/Teacher’s Lab.理事)
9月12日火 田中雅子さん(東京都立中野特別支援学校主任教諭/特別支援教育コーディネーター/認定ワークショップデザイナー)
9月15日金 木村彰宏さん(株式会社LITALICOジュニア事業部ヒューマンリソースグループ/NPO法人 Teach For Japan採用・研修担当)
9月19日火 渡辺光輝さん(お茶の水女子大学附属中学校教諭)
9月26日火 横山験也さん(株式会社さくら社代表取締役社長)
10月6日金 千葉孝司さん(音更町立音更中学校教諭/ピンクシャツデーとかち発起人代表)
10月17日火 大野睦仁さん(札幌市公立小学校教員/教師力BRUSH-UPセミナー事務局)
10月20日金 松下音次郎さん(森のようちえん ぴっぱら)
10月27日金 小坂善朋さん(北海道安平町公私連携幼保連携型認定こども園副園長)
11月3日金 一尾茂疋さん(一尾塾塾長、自主学校瀬戸ツクルスクール運営責任者)
11月14日火 糸井登さん(立命館小学校教諭/明日の教室代表)
11月21日火 寺西隆行さん(ICT CONNECT 21 事務局次長)
12月5日火 斎藤早苗さん(元・愛知県小牧市立小牧中学校PTA会長)
1月16日火 多賀一郎さん(追手門学院小学校/教師塾・親塾主催)
1月23日火 梶川高彦さん(愛知県東浦町立生路小学校教諭/教師の学びサークルほっとタイム代表主宰)
1月26日金 青木芳恵さん(ラーンネット・グローバルスクール ナビゲータ)
2月6日火 関田聖和さん(神戸市立松尾小学校教頭)
2月27日火 鈴木美枝子さん(いわき短期大学幼児教育科教授)
3月6日火 俣野秀典さん(高知大学地域協働学部/大学 センター講師)
3月11日日 佐々木潤さん(宮城県公立小学校教諭/東北青年塾スタッフ/あすの社会科を考える会主宰)
3月13日火 山本純人さん(埼玉県公立中学校教諭/俳句結社「梓」同人)
3月30日金 塩崎義明さん(浦安市立高洲小学校教諭)
前号からさらに100名読者が増えました。引き続き、みなさんの周囲に、本メールマガジンの存在をお伝え下さい。
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メールマガジン「教師教育を考える会」
4号(読者数2346)2017年7月4日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
(まぐまぐ:教師教育を考える会)