カタリストfor edu「初任者へおすすめの一冊」のお蔵入り原稿も紹介します

毎年お世話になっているカタリストさんの初任者へのおすすめの本紹介。今年も先ほど、書いたものが公開になりました。

実は、今年は、先に一冊別に原稿を書いたのですが、残念ながら在庫切れなのです。初任者の方がすぐに手に入れやすい本がいいなあということで、執筆コンセプトも思い切り変えてこちらの絵本を紹介しました。

お蔵入りになった、もう一本の原稿を、以下に紹介します。みなさんこちらもぜひ機会があれば手に取って読んでみてください。

 

『<教師>になる劇場 演劇的手法による学びとコミュニケーションのデザイン』(フィルムアート社、川島裕子編著、2017)

 教師になったぼくらはキャリアの中でずうっと悩んだり迷ったりする。そもそも教育の本質はかつて村田栄一さんが喝破したように「ハプニング」なわけですから、ある意味それは当然であり、それを楽しむのが教師という仕事なのだとも言えます。ところで、その「ハプニング」とは「どこ」で起きているのかというと、それは「関係」の中で起きているのだと言えましょう。子どもと教師、保護者と教師、教師と教師・・・つまりぼくらは「関係」に悩むのだと言い換えてもいいでしょう。

 

 さて、この企画では、これまで確か『ガタンゴトンガタンゴトン』(福音館書店安西水丸)、『沈黙の世界』(ピカート、みすゞ書房)の二冊を紹介したのではなかったかなと思います。この全然違う二冊を(片方は幼児絵本、片方は思想書)選んだ理由はどこにあったのかなと考えてみました。

 そうすると、自分なりの思考が見えてきます。多分、教員としてのキャリアを歩んでいく上でずうっと何度も読み直し、その度に深い気づきが促される本、そういう本を紹介したいと思ったからだろう、と。自分はなぜそんなことを思うのだろう・・・。ぼくには、1989年に新卒教諭として教壇に立った時に買った数冊の本があります。そしてその中の幾冊かは今に至るまで自分がキャリアの中で何度も読み直してきた本になっています。読むたびに新たな深い気づきを促される本であったからです。一方当然当時購入したすぐ使える類の本は、その場限りで読み直されることもほとんどありませんでしたから。いますぐ使える本なんて、とても必要だけど、でもどうでもいいのです。春先に本屋の教育書コーナーに行けばその場限りの売り尽くしセールのようにいっぱい積み上げられていますから、そのどれかを買って読めばいいのでしょうから。

 

 もっとも、30年前の本が今の新卒の皆さんにそのまま読まれうるものだとは思っていません。だからぼく自身を支えてきた本を紹介するのではなく、今の皆さんにキャリアの途上で何度も読み返してほしい本はないかな、と改めて考えました。

 そう考えて辿り着いた本が、『<教師>になる劇場』です。

 

 例えばこの本の中で、インプロ(即興演劇)の研究者である高尾隆さんは「教師の即興性」の重要性を指摘しています。考えてみるまでもなく、現場には人(子ども、保護者、同僚・・・)がいます。そしてそこで起こることのほとんどは自分だけでは思う通りになど全くならないものばかりです。子どもにだけ焦点を当ててみても、突然走り出す子ども、話したことが全く届いていなかった子ども、研究授業当日に教科書を忘れくる子ども、先生がデートで早く帰りたい時に限って友達と大きな喧嘩をしてしまう子ども・・・当たり前ですが何もかもが「即興」(ハプニング)です。川島裕子さんはこの本の中で教師は「関係性」の専門家だとするわけですが、教師が直面する「関係」の問題のほとんどは即興的に生ずるものばかり。教師の予想もしないことばかりが起こる教室という劇場で、子どもと関係を紡いでいく上で、高尾さんの執筆章一つを取ってみても、なんと本質的な問いかけに満ちていることでしょう。

 

 教師は採用になって教師になるのではなく、教室・学校という劇場の中で子どもたちとの関わりに自らを拓かれながら教師になっていくものだと思います。そういうことをスタートから最後までずうっと考え続ける先生であってほしいという願いを込めて、この本を紹介することにします。関係に悩む教師がキャリアの途上ずうっと傍らに置いてその問題のリフレクションの助けになる一冊はないだろうか、と。

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